第16話・癒し過激党の圧倒的勝利の回※挿絵あり)
オオカミに襲われたと思ったら、そこには天国があった。メルリアには少しの遺恨はなかった。
なぜなら──。
はっ、はっ、はっ。
目の前の動物の口から短い息が漏れる。
そのまま無邪気にメルリアの顔を舐めてきた。
「わっぷ!」
やはり可愛い声を出せないメルリアである。
人懐っこい動作からメルリアは目の前の動物をよく見てみる。
見た目はオオカミのように三角の立った耳に青い目をしている。しかしオオカミのように突き出た鼻やがっしりした口元ではなくどちらかというと犬に似ている。
⋯⋯よくみたらシベリアンハスキーに近い気がしてきた。
「可愛い〜、犬かしら?」
薄灰色のもふもふとした毛並みで全身が覆われている。自分の知っているオオカミよりも大きい気がする。
だってメルリア二人分はある。
そよそよと柔らかな風を感じる。
メルリアは実をよじってみると大きくて毛足の長い尻尾が左右に動いている。
それは機嫌の良い犬によく見られるあの動きだった。
それよりも乗っかっている犬のお腹側の毛が柔らかくて、考えたくても“もふもふ、もふもふ”と擬音語が頭の中を邪魔する。
メルリアは考えるのを諦めて全身で堪能することにした。
「⋯⋯かわ⋯⋯かわいい⋯⋯イッヌ!」
メルリアの語彙は完全に迷子だった。
メルリアは華奢な腕をその犬に伸ばすと、犬の首元に顔を埋める。
ん〜、癒される〜。
メルリアは我を忘れてその犬に頬ずりをする。
犬は喜んでいるのかしっぽ風が強くなる。
喜んでいると思うと、メルリアは嬉しくなって更に頬ずりをした。
ふわふわの毛の中は温かくて、頭の中で永遠に“もふもふ”が再生されそう。
「可愛い犬さ〜ん。ずっとこうしていたい」
メルリアは夢中で頬ずりしていると犬の顔が近づいてきた。そのまま顔をベロベロに舐められた。
「うぷっそれは⋯⋯ちょっと⋯⋯なし、なしなのー!」
ひとしきり犬に舐められると犬は顔を上げた。
なにかを認識したのか犬はメルリアを包むように身体を丸めてくる。
メルリアの全身が癒されていると主張している。
それは過激なファンのように『癒しー!』と言っている気がする。
癒されているはずなのに、メルリアの身体は忙しかった。
「柔らかい⋯⋯癒しー!」
やっぱり叫んでしまった。
癒し過激党の圧倒的勝利。
特に柔らかいもふもふのお腹を撫で回していると、メルリアの足にイヌのしっぽが触れていることに気がついた。
(これも⋯⋯ふわふわ⋯⋯しかも大きいのー!)
メルリアはしっぽに抱きつきたくなった。
なんとかしっぽを触ろうと短い手を必死に伸ばすメルリア。ゆらゆらと揺れているしっぽは触れそうと思った瞬間に離れていく。
う〜ん、悔しい!
しっぽを掴もうとしていたメルリアに、犬の左前足が優しく乗ってくる。
ぷにぷにとした肉球が目の前をゆらゆらと動いている。
かなりの大型犬なので、メルリアの両手でも肉球が余りそうなほど大きい。
(こ、これは何たる挑発⋯⋯!)
こうなったら肉球をせめるしかない。
肉球ぷにぷに攻めよ。
そう意気込むメルリアは犬を飼ったことがなかった。
柔らかいと聞く肉球に触るのはこれが初めてだ。
メルリアは両手でイヌの前足を掴んだ。
肉球までもう少し。
メルリアは前足を自分の方へ引き寄せて肉球を目の前に持ってきた。
大人の手のひらほどの大きさがある。
意を決して、メルリアは親指で押してみる。
「プニッとはしている⋯⋯弾力はいいけど思ったより外側が少し固いな⋯⋯大きいからかなぁ」
動物の大きさと肉球は関係しているのかもしれない。
そう考えながらもメルリアの指は犬の肉球を触り続けている。
犬は大きいからかそんなに気にしていないようだ。
ぽふっ、ぽふっと小さな音が聞こえる。
メルリアが顔を上げるとしっぽが上下に動いていた。
「そうだ、しっぽ!」
メルリアは次なる目的をしっぽに決めた。勢いよく起きるとしっぽに手を伸ばす。
しかし犬も同じように立ち上がった。
「⋯⋯?」
メルリアは不思議そうに感じながらも、しっぽを追いかける。
目の前に来たしっぽは奥へと遠ざかる。
メルリアはしっぽを追いかける。
またしっぽは奥へと遠ざかる。
メルリアは駆け足になった。
犬はメルリアの後ろについてきたのだ。
それに気が付かないメルリアは、犬と追いかけっこをするようにぐるぐると回っていたのである。
丘を登った疲労がいけなかったのだろうか、足が砂袋のように重い。
メルリアが歩くのをやめると、今度は犬の方から頬ずりをしてきた。
「座ってくれる?」
メルリアは素直に犬に聞いてみた。
するとその場で“おすわり”をしてくれた。
「なんて賢いの!」
メルリアは嬉しそうに犬の隣に座り込むと、ようやく隣には犬のふさふさのしっぽがあった。
隣に座ると、メルリアは両手でしっぽを掴む。
「よいしょっと」
メルリアは自分のお腹の上にふさふさのしっぽを乗せた。メルリアは手をしっぽに沿わせて左右に動かす。ほとんど無心に動かしていた。
「⋯⋯はわ〜⋯⋯気持ちよさすぎて心が無になっちゃったわ。ずっと触っていたい⋯⋯ふわふわが癒される〜⋯⋯犬さん、一緒にお家に帰る?」
メルリアは屈んでしっぽに顔をつけながら、犬に提案した。
するとアーノルドが大笑いし始めた。
「メルリア、子どもっぽいところもあるんだな」
メルリアはアーノルドの言葉を跳ね除けて、提案する。
「アーノルド様、この犬、飼いましょう! カイルも触ってみて」
メルリアはこの犬の、いや、メルリアの味方にカイルを巻き込む。
「メルリア様っ」
カイルはメルリアに腕を掴まれると、離すことができない。
それはそれで、アーノルドは楽しそうに眺めている。
しばらくカイルとも戯れる犬。
メルリアが期待を寄せながらカイルをずっと見つめている。
「アーノルド様⋯⋯飼いましょう」
少し頬を赤らめながらカイルは小さな声でアーノルドに提案した。
そうするとアーノルドは仰け反りながら大きな口を開けて笑った。
アーノルドの気持ちの良いくらい快活な笑い声が聞こえてくる。
それを聞いてメルリアも口元を緩めた。
「アルトー、アルトーどこ?」
少年の声が聞こえた。
メルリアは犬の脇から顔を出すと短い黒髪の男の子と目が合った。




