第13話・メルリアの手作りパン
今日のメルリアの朝は早い。
外がまだ暗いうちに、ベッドを下りる。
眠たい頭をもたげながらキッチンへと向かう。
メルリアは向かっている途中、大きな欠伸を二回した。
キッチンで待っていたのはグルドフ。
すでに白い制服を着ている。
「グルドフ、協力ありがとう」
「毎朝、こんなものですよ」
実は昨晩、グルドフに相談をしていた。
『アーノルドをここに引き留めたくて、パンを焼きたい』、と。
名づけて、“胃袋しっかり掴んじゃうよ”作戦。
「お嬢様、パン作りにはまず小麦粉、水、塩、発酵種がいります。それがこれです」
わぁ、なんてお手軽なの〜と能天気には考えていられない。
庭で小麦を育てているが、なぜ小麦粉が手っ取り早く出てくるのだろうか。
「グルドフ、小麦は収穫したけど、なぜ小麦粉になっているの?」
小麦の知識はないが、米の精米方法は知っている。
前世の記憶によると米は脱穀して、一粒ずつにばらす。
茶色の籾から硬い殻を取って、玄米の表面の糠と胚芽を取り除いたら完成。
グルドフはキッチンの隣にある貯槽室からある袋を開けた。
米と同様に脱穀された小麦がたくさん入っている。
「小麦を収穫したら、脱穀をします。そうすると一粒ずつに分かれます。外の穀物庫に袋詰めしてあります。ここでは使う分だけ、その都度持ってきますよ。それから石臼で空いた時間に粉にします」
「石臼!?」
「この人数ですから、毎日石臼で挽いて、できた粉を使っていますよ」
グルドフはさも当たり前のように頷く。
メルリアはグルドフの二の腕に視線を移した。
アーノルドは軍人だし、ニックも力仕事が多いから太い二の腕だなと思っていたが、もしかするとグルドフが一番太いかもしれない。
毎日、石臼で鍛えられれば自然と筋肉がつくのかもしれない。
「グルドフ、こんな大変な仕事を毎日してくれて、ありがとう」
メルリアはグルドフの二の腕に感謝の言葉をかける。
二の腕に声をかけられたグルドフは多分困っていたのだろう。グルドフはちょっと咳き込んでいた。
メルリアは再度意気込んだ。
「さて、混ぜるわよ〜」
木鉢のような容器の中に手を入れてこねる。
メルリアは自分で想像していたよりも手が小さかったので、なかなか混ざらなかった。
(これもたくさんこねるのは重労働ね)
グルドフに手伝ってもらいながら、ようやくパン種が完成した。
それだけで手が疲れてしまったメルリア。
「お嬢様、お疲れ様です」
グルドフは木鉢に布をかける。
「パンはいつ焼くの?」
「これが木鉢の縁より膨らんだら焼きますよ」
(あ、発酵か)
前世では、風船のように膨らんだパン種を丸め直していた。
そんな気にもとめていなかったことが今では役に立っていた。
グルドフはその後も休むことなく動いているので、後ろをついていく。
煉瓦造の竈に薪を入れている。
「グルドフ、何をしているの?」
火種を作っているグルドフに声をかける。
「竈の中で薪を燃やして中を温めるんです。よく熱された竈の中でさっきこねたものを焼くとパンになるんですよ」
燃え上がった火種を薪の側に置いて火をくべる。
メルリアは徐々に赤く燃え上がっていく薪を見つめていた。
グルドフは手際よく野菜を切り始める。
メルリアもサラダの野菜切りを買って出る。
グルドフは遠慮ではなく、本気でメルリアを止めようとしていた。
トマトはくし切り、胡瓜は輪切りに切っていく。
「お嬢様、どこで覚えたんですか?」
メルリアは包丁の刃をまな板に強く打ちつけた。
グルドフに言われてみればそうだ。
この世界でメルリアは包丁を持つ機会がなかった。
それを慣れた手つきで扱っているものだから、怪しまれるはずだ。
「⋯⋯」
メルリアは説明しきれなかった。
「⋯⋯もしかしてニックみたいに見るだけで、できるようになる方ですか?」
ようやくメルリアの肺に空気が入ってきた。
空気が美味しい。
「そうなのかも。うふふ⋯⋯」
頭が真っ白になりながら、笑顔を浮かべて何か自分で言ったなとメルリアは後で思い出した。
それほど動揺してしまった。
* * *
皆が起きる時間になると、グルドフと一緒に朝食を運ぶ。
グルドフは大皿にサラダを乗せて、それから取り皿も持っていた。
メルリアは焼き立てのパンが入った籠を抱えている。
メルリアはアーノルドと目が合った。
ちょっと顔が熱くなった気がしたけど、うつむき加減で、アーノルドに近づく。
アーノルドの目の前にやってきたが、なかなか言葉が出ない。
その間にもメルリアにアーノルドの視線が刺さる。
「アーノルド様⋯⋯床は抜けましたけど⋯⋯ここにいてくださいますか?」
メルリアは上手く説明ができなかった。
不安で籠をさらに抱きしめる。
「今朝はメルリア様がアーノルド様のためにご自分でパンを焼かれました」
グルドフが助け舟を出す。
アーノルドはメルリアの持っている籠からまだ温かいパンを掴むと、そのまま大きな口でかじった。
「この人たらしが」
メルリアはアーノルドの言葉が聞き取れずに首を傾げる。
「えっ?」
「パンが美味いと言ったんだ」
メルリアは長い息を吐いた。
「よかった」
アーノルドは少し怒ったような、でも読み取れない表情をしている。
「メルリア、変な心配はするな。ここにずっといるから」
メルリアが顔を上げようとすると、アーノルドががさつに頭を撫でてきた。
その後、アーノルドはすぐにグルドフの元へとサラダを貰いに行ってしまったので、背中を見送るしかなかった。
メルリアが視線を外すと、シエルが見えた。なぜか胸を押さえている。
(今、感慨深いことなんてあったかしら?)
「旦那も素直じゃないですね」
ニックが涼やかな声でアーノルドに声をかける。
「うるせぇ、仕事増やすぞ」
アーノルドからすぐに返事が返ってくる。口では凄んでいるが、アーノルドの目は穏やかだ。
「もうたんまりもらっています」
ニックはさっぱりとした声で返す。
なんだかとても親しくなったようで、そのやりとりにメルリアは嬉しくなった。
(やっぱり屋根効果かしら?)
メルリアは満面の笑みを浮かべると、またシエルは胸を押さえた。
次回の二角的イチオシシーンは
「アーノルド様もニックもすごいわよね。こんなことができるなんて」
メルリアは思ったことをそのまま口にしてみた。
「たぶんですが、それもこれもメルリア様に喜んでほしくてやっているんですよ」




