第11話・どの部分が大変か分かりませんが、楽しい生活ですよ
薄暗い部屋の中、メルリアは朝が明ける前だと分かった。
ショールの代わりに薄い布を肩にかけて屋敷の扉を開ける。
鶏小屋ではもう外に出ている鶏がいたので、メルリアは頭を撫でてみた。
「朝早いんだな」
メルリアは慌てて振り返る。
アーノルドは真面目そうな顔をして、メルリアを見ていた。
「実はマーラからメルリアのことは聞いていたんだ。その⋯⋯大変だったな」
「アーノルド様、どの部分が大変なのかは分かりません。でも私には母よりも大きな愛を持っているシエルがいて、頼もしい兄と美味しい料理を作ってくれるグルドフに、何でも褒めてくれるニックがいます。楽しい生活ですよ」
優しい風が二人の頬を撫でていく。
アーノルドは何かを悟ったように、頷いた。
「そうか⋯⋯それなら、ここに愉快な髭のおじさんも加えてもらおうか!」
「それなら牛を飼いたいです」
メルリアは嬉しそうな笑顔になった。
アーノルドは目を丸くして一歩下がった。
「何でそうなるの!? 年頃の女子ならふかふかのベッドとか欲しがるだろう!」
「ふかふか⋯⋯あ、羊毛を狙っていますか? 羊も良いですね」
すると屋敷から皆が出てきた。
「お嬢様、今日は朝早いですね」
「皆、おはよう。今朝は誰が一番卵を取れるか競争しましょう」
提案にのった皆はすぐに鶏小屋に急いだ。
この日の卵チャンピオンはアーノルドだった。
なぜか一番悔しそうだったのは、カイルだった。
* * *
今日は仕上げの部分。
一度屋根から取り外された瓦をメルリアとカイルは固く絞った布で拭いて綺麗にした。今日はその残りの部分から始める。
雨漏りの酷かった部分の屋根は苔が生えているのが多い。
それが全部拭き終わると気分もすっきりとした。
それから割れてしまった瓦の部分。
物置に仕舞われていた新しい瓦を使う。
物置にいろんなものがあったおかげだなとメルリアは感じた。
(屋敷の修繕が終わったら、物置の中身の補充もしなきゃね)
メルリアたちは少しずつ物置から新しい瓦を運んでくる。
メルリアの倍の瓦を持つカイルを頼もしく感じた。
「もうすぐ屋根が完成するね。そしたらまだここに住めるね」
「メルリア様、なぜアーノルド様が一時的な家としてアーノルド様のお屋敷に住む提案を出した時に、お断りしたんですか?」
メルリアはすぐに言葉が出てこなかった。
軽口を叩いてもいい。
でもカイルには隠したくなかった。
ここにいる皆には変な繕いはしたくない。
「軽く流してもらっていいんだけど、人の心は思いがけないところで変わったりするわ。例えば、住むところが変わるとか。私は臆病なの。ここにいる皆がずっと隣にいるとは限らない。だから皆の心が変わってほしくなくてわがままを言ったの」
カイルは真っ直ぐな瞳でメルリアを見つめてきた。
カイルにどう思われているのだろう。
メルリアは気になった。
その瞳からは読み取れない。
「僕はずっとメルリア様の隣にいますよ」
カイルのその気持ちだけで嬉しかった。
彼にはまだ隣に居続けることの意味は分かっていないだろう。人は皆いろんな道を見つけて進んでいく。
この生活は自然にずっとは続かない。
メルリア自身もずっとを作っていく覚悟はまだできていないのかもしれない。
それでも今は彼の手を取りたい。
メルリアはカイルの手をそっと握った。
「ありがとう」
物置の外で静かに見ていたアーノルドは小さく呟いた。
「何でこうも大人びてるのかね」
* * *
屋根の完成まであと少しのところでニックが悔しそうな声を上げた。
「しまった⋯⋯グルドフ、竈は、煙突はちゃんと動いているよな?」
その声にアーノルドは顔を歪めて煙突を見回し始めた。
グルドフは頭の中で思い出しているのだろう。
「今のところ、大丈夫だ」
「さすがに今から煙突は難しい。壊れていなければ、次に回そう」
その会話の少しあとにニックが最後の瓦を置いた。
「お嬢様、屋根が出来上がりましたよ」
「ニック、すごいわ!」
メルリアは熱のこもる声でニックを労う。
「さすが大工だな」
アーノルドは満足そうにニックに向かって頷いた。
「いや、自分、独学ですけどね。親父は荷馬車の運搬をしていたんで。大工の仕事はやっているのを見て覚えました」
皆は口を開けたまま固まった。
(もしかしてニックって天才肌?)
【しょこたのこぼれ話】
メルリアが皆の心が変わらないかを心配していますが、前世では付き合っていて人をすごく応援した結果、「俺、頑張るからね!」となぜか皆、メルリアの元を離れていきました。
隣で頑張ったらいいじゃん!と思うメルリアは見送り屋だったので、現世の皆には隣にいてほしいようです。
次回の二角的イチオシシーンは
「最近、屋敷が快適になったと思うの。屋根もついたし、涼しい風が屋敷にも吹いているみたいなのよね」
「それは隙間風があるってことじゃないか?」
「なるほど、アーノルド様、鋭いです!」




