第9話 “声”の主と、つなぎ手の資格
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影の手に触れようとした瞬間、
恒一の腕の黒い傷が激しく光り、空気が震えた。
――恒一さん……あなたの物語は、まだ終わらせません。
その声は、エイルのものではなかった。
少女の声でも、影の声でもない。
だが――確かに聞き覚えがあった。
「……誰だ……?」
恒一は腕を押さえながら、声の主を探すように周囲を見渡した。
湖面が揺れ、光が集まり、ひとつの“影”が形を成していく。
それは――
恒一自身の姿だった。
◆もうひとりの“恒一”
光の中に立つのは、恒一と同じ顔、同じ体格の男。
だが、その瞳は深い光を宿し、どこか別人のようでもあった。
「……俺……?」
リオが息を呑む。
「恒一さんが……二人……?」
エイルは震える声で呟いた。
「……“つなぎ手の残響”……!」
「残響?」
恒一が問い返すと、エイルは唇を噛んだ。
「つなぎ手は、本来“二つの物語”を持つ存在です。
ひとつは、自分自身の物語。
もうひとつは、他者の物語に寄り添うための“影の物語”。」
光の恒一――“残響”がゆっくりと歩み寄る。
「俺は……お前の“もうひとつの物語”だよ、恒一」
「俺の……物語……?」
「そう。お前が少女を助けたあの日、
本来なら“死んでいたはずの物語”だ」
恒一は息を呑んだ。
「……じゃあ、お前は……俺の“死んだはずの未来”ってことか?」
残響は静かに頷いた。
「お前は少女を助けた。
だが、その瞬間――お前の物語は一度“終わった”。
その終わりが、俺だ」
影が低く笑う。
――なるほど。
――つなぎ手よ。
――おまえは“終わりを持つ者”だったか。
◆つなぎ手の資格
エイルが震える声で続ける。
「つなぎ手は、“自分の終わり”を抱えた者だけが選ばれます。
終わりを知る者だけが、他者の物語をつなげるからです」
恒一は拳を握りしめた。
「じゃあ……俺は死んだはずなのに、生きてるのは……?」
「お前が“選んだから”だよ、恒一」
残響が言った。
「少女の物語を守るために、自分の物語を差し出した。
その選択が、お前を“つなぎ手”として再構築した」
「再構築……?」
「そう。お前は“終わった物語”から引き戻された存在だ。
だから影は、お前を狙う。
終わりを持つ者は、影にとって最も“断ちやすい”」
影がゆっくりと近づく。
――つなぎ手よ。
――おまえの終わりを返せ。
――少女の続きを望むなら。
少女が影の中で震えながら呟く。
「……おじさん……わたし……もう一度……生きたい……」
恒一の胸が締めつけられる。
◆残響の提案
残響が恒一の肩に手を置いた。
「恒一。
少女の物語を進めるために、お前が“終わり”を差し出す必要はない」
「でも影は……」
「影は嘘は言っていない。
だが“真実の一部しか言っていない”」
残響は影を睨みつけた。
「未完の物語を進める方法は、ひとつじゃない。
“つなぎ手が終わる”以外にもある」
影が低く唸る。
――黙れ。
――おまえは“終わった物語”。
――語る資格はない。
残響は笑った。
「終わったからこそ、わかるんだよ。
物語は“続ける意思”があれば、終わりを越えられる」
恒一は残響を見つめた。
「……じゃあ、どうすればいい?」
残響は少女を指差した。
「少女の物語を進めるのは――
“少女自身”だ」
恒一は息を呑む。
「俺じゃなくて……少女が?」
「そうだ。
お前が差し出す必要はない。
少女が“自分の続きを選ぶ”だけでいい」
影が激しく揺れ、黒霧が荒れ狂う。
――許さぬ。
――物語は、終わりへ向かうもの。
――未完のまま進むことは、許されぬ。
残響が叫ぶ。
「恒一! 少女に呼びかけろ!
“自分の続きを選べ”って!」
恒一は少女に向き直り、叫んだ。
「君の物語は……君が選ぶんだ!
影なんかに奪わせるな!!」
少女の瞳が揺れ、黒い霧が震えた。
「……わたし……の……?」
影が少女を包み込もうとする。
――選ぶな。
――終わりを受け入れよ。
少女は震える声で呟いた。
「……わたし……生きたい……」
その瞬間、少女の身体から光が溢れた。
影が悲鳴を上げ、湖面が激しく波打つ。
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次回予告
少女の光が湖全体を包み込んだとき、
影の本体が崩れ落ち――
その中心から、
“別の少女”が現れた。
雨の夜に助けた少女とは違う、
しかしどこか似ている少女。
彼女は静かに言った。
「……あなたが、つなぎ手?」




