第8話 影に染まった少女
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湖面から立ち上る光の中に、ひとりの少女が立っていた。
雨の夜――恒一が命を賭して救った、あの少女。
だが、その瞳は黒く染まり、影のように揺らいでいる。
「……なんで……ここに……?」
恒一の声は震えていた。
少女はゆっくりと顔を上げ、唇を開いた。
「つづきを……返して」
その声は、影の本体と同じ響きを持っていた。
リオが聖剣を構える。
「恒一さん、あれ……本当にあの子なの……?」
「わからない……でも、あの声は……」
少女は一歩、また一歩と近づいてくる。
足元は影のように揺れ、湖面に触れるたび黒い波紋が広がった。
◆少女の物語
エイルが震える声で言った。
「……あの少女は、“物語の源泉”に取り込まれています。
彼女の物語が未完のまま、影に囚われたのです」
「未完……?」
恒一は息を呑んだ。
「あなたが救ったあの夜。
少女は確かに命を取り留めました。
ですが――その後、彼女の物語は“続かなかった”」
恒一の胸が締めつけられる。
「どういうことだ……?」
「彼女は事故のショックで、心を閉ざしてしまったのです。
物語を進める力を失い……その隙間に影が入り込んだ」
少女の瞳が揺れ、黒い涙が頬を伝う。
「わたし……あの日から……止まったまま……
だから……続きを……返して……」
恒一は言葉を失った。
◆影の本体の狙い
湖の中央で、影の本体が揺らぎながら姿を現した。
――つなぎ手よ。
――おまえの“後悔”が、少女をここへ導いた。
「俺の……後悔……?」
影はゆっくりと頷く。
――おまえは少女を救った。
――だが、その後の物語を知らぬまま、満足した。
――その“空白”が、少女の物語を未完にした。
「そんな……俺のせいで……?」
恒一の声が震える。
影はさらに囁く。
――つなぎ手よ。
――おまえの物語は、他者の物語に寄り添うことで成り立つ。
――だが寄り添いきれなかった物語は、影となる。
リオが叫んだ。
「嘘だ! 恒一さんは悪くない!」
影はリオに向き直る。
――勇者よ。
――おまえもまた、父の物語を“未完”にした。
リオの表情が凍りつく。
「やめろ……!」
聖剣が震え、黒い染みが広がる。
◆少女の願い
少女が恒一の前に立った。
その瞳は黒いままだが、どこか悲しげだった。
「おじさん……あの日……助けてくれて……ありがとう……
でも……わたし……怖かった……
あの日から……ずっと……止まってた……」
恒一は膝をつき、少女と目線を合わせた。
「……ごめん。
俺は……君を助けたつもりで……
その後の君の物語を、何も知らなかった」
少女は首を振る。
「ちがう……おじさんのせいじゃない……
わたしが……進めなかっただけ……」
影が少女の肩に手を置いた。
――だが、少女の物語は“未完”だ。
――未完の物語は、影となる。
少女の身体が黒い霧に包まれ、影と同化し始める。
「やめろ!!」
恒一が叫び、少女に手を伸ばした。
だが、影が壁のように立ちはだかる。
――つなぎ手よ。
――おまえが少女の続きを望むなら……
――おまえ自身の物語を差し出せ。
「俺の……物語を……?」
影は静かに頷く。
――少女の物語を進めるには、代わりの“結末”が必要だ。
エイルが叫んだ。
「恒一さん! それは――あなたの“終わり”を意味します!」
恒一は影を見つめた。
「俺が……終われば……少女は……?」
影は答える。
――少女の物語は、再び動き出す。
リオが恒一の腕を掴んだ。
「だめだよ! そんなの……そんなの絶対にだめだ!!」
恒一はリオの手を握り返した。
「リオ……俺は、誰かの物語をつなぐためにここへ来たんだろ。
なら……これが俺の役目なんじゃないか?」
リオは涙をこぼしながら首を振る。
「違う!
恒一さんの物語だって……続いていいんだ!!」
影が手を伸ばす。
――さあ、選べ。
――つなぎ手よ。
――少女の続きを望むか。
――それとも、自らの続きを望むか。
恒一は少女を見つめた。
少女は黒い霧の中で、かすかに微笑んだ。
「……おじさん……ありがとう……」
その声は、影に染まりながらも、確かに“あの日の少女”のものだった。
恒一はゆっくりと立ち上がり――
影の手へ向かって歩き出した。
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次回予告
影の手に触れようとした瞬間、
恒一の腕の黒い傷が激しく光り――
――“別の声”が響いた。
『恒一さん……あなたの物語は、まだ終わらせません』
その声は、
エイルの声ではなかった。




