第10話 ふたりの少女と、物語の分岐点
総集編もあるので、テンポよく読みたいかたはそちらがおすすめです。
湖面を包んだ光が収まると、影の本体は崩れ落ち、黒霧は霧散していった。
その中心に――ひとりの少女が立っていた。
だが、それは雨の夜に助けた少女とは違う。
年齢も、髪の色も、雰囲気もまるで別人。
けれど、どこか似ている。
“物語の根”が同じだとでも言うように。
少女は静かに恒一を見つめ、問いかけた。
「……あなたが、つなぎ手?」
その声は澄んでいて、影のような濁りはない。
だが、湖の光が揺れるたび、彼女の輪郭はわずかに歪んだ。
「君は……誰なんだ?」
恒一が問うと、少女は胸に手を当てた。
「わたしは……“物語の源泉が生んだ少女”。
あなたが救った少女の“もうひとつの可能性”」
リオが息を呑む。
「可能性……?」
少女は頷いた。
「影に囚われた少女は、“止まった物語”。
でもわたしは……“続こうとした物語”。
ふたつに分かれた、同じ物語の分岐点」
エイルが小さく震えた声で呟く。
「……“分岐の子”……!」
◆分岐の子
「分岐の子?」
恒一が問い返すと、エイルは少女を見つめながら説明した。
「物語が強い衝撃を受けたとき……
“続く未来”と“止まる未来”が同時に生まれることがあります。
そのとき、物語はふたつに分岐し――
“ふたりの主人公”が生まれるのです」
恒一は息を呑んだ。
「じゃあ……影に囚われた少女と、この子は……?」
「同じ物語の、別の未来です」
少女は静かに言った。
「わたしは……あなたに助けられたあと、
“生きたい”と願った未来のわたし。
でも、影に囚われたわたしは……
“止まってしまった未来”」
恒一の胸が締めつけられる。
「……俺のせいで、分かれたのか?」
「違うよ」
少女は首を振った。
「あなたは助けてくれた。
でも、そのあと“どう生きるか”は、わたしが選ぶことだった」
影に囚われた少女が、黒い霧の中で震えている。
その瞳はまだ影の色をしていた。
◆影の残滓
影の本体は消えたが、残滓は少女の身体に絡みついている。
黒い霧が少女の足元から立ち上り、彼女を飲み込もうとしていた。
「……つづきを……返して……」
影に囚われた少女が呟く。
分岐の少女は、そっと手を伸ばした。
「返すんじゃないよ。
“取り戻す”んだよ、わたし」
影の少女は震えた。
「……こわい……」
「うん。わたしも怖い。
でも……“続きたい”って思ったのは、あなたも同じでしょ?」
影の少女の瞳が揺れ、黒い霧がわずかに薄くなる。
◆つなぎ手の役目
残響――もうひとりの恒一が、恒一の肩に手を置いた。
「恒一。
お前の役目は、少女の物語を“代わりに終わらせる”ことじゃない。
“少女が自分で続きを選べるようにすること”だ」
「……俺が、支える……?」
「そうだ。
つなぎ手は、主人公の隣に立つ者。
主人公の代わりに戦うんじゃない。
主人公が前へ進むための“道”を示すんだ」
恒一は少女たちを見つめた。
影に囚われた少女は震え、
分岐の少女はその手を取ろうとしている。
だが、影の残滓が二人の間に壁を作る。
――終わりを恐れる者よ。
――物語は、止まるべきだ。
影の声が響く。
リオが聖剣を構えた。
「もう……止まらない!
俺も……俺の物語を進める!!」
聖剣が光を放ち、黒い霧を切り裂く。
刃の黒い染みはまだ残っているが、光は確かに強くなっていた。
◆少女の選択
影の霧が薄れ、ふたりの少女の手が触れ合う。
分岐の少女が微笑む。
「大丈夫。
あなたの“続き”は、あなたが選んでいいんだよ」
影の少女は震えながら呟いた。
「……わたし……生きたい……」
その瞬間、影の残滓が弾け、黒い霧が光に溶けていく。
影の少女の瞳から黒が消え、
ふたりの少女の姿が重なり――
ひとりの少女へと戻った。
少女は涙を流しながら、恒一に抱きついた。
「……ありがとう……おじさん……」
恒一は震える手で少女の背を抱きしめた。
「……よかった……本当に……」
◆影の最後の囁き
湖面が静まり返ったとき、
恒一の腕の黒い傷が、最後にひときわ強く脈打った。
――つなぎ手よ。
――おまえの物語は、まだ“終わりを抱えている”。
影の声が消えると同時に、傷の痛みも消えた。
だが恒一は悟った。
影は完全には消えていない。
“終わりを抱えた者”である限り、影は彼を狙い続ける。
エイルが静かに言った。
「……恒一さん。
あなたの物語も、いずれ“選択”を迫られます」
恒一は頷いた。
「そのときは……俺も、自分の続きを選ぶよ」
湖面が光り、物語の源泉が静かに脈動していた。
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次回予告
少女が眠りについたあと、
恒一は湖のほとりでひとり佇んでいた。
そのとき――
湖面に映った自分の影が、
“別の動き”をした。
影は微笑み、囁いた。
――次は、おまえの番だ。




