第五十九話 モノリスの秘密
恐るべきものが遺されていた。
全く違う場所、立場も種族も違う2名の指導者。
カデシュ・ギベイオンの先頭記録を見たヘーレム女帝AT01と人類連盟の盟主となったナールライトは全く同じ感想を述べた。
『だが・・・あれは1つだけだ。人間は我らと違い空腹も疲労もある。遠巻きに撃ち続ければ機体より先に操縦者が先に音を上げるだろう。全将官は傘下の兵士の回避行動プログラムを1段階上げよ。だがあれと同じか近似の兵器が配備されるのは危険だ。諜報を密にせよ』
ヘーレム側は殆ど意に介さない方針だった。
危険であっても今の段階では優先度は低い、というのが女帝の判断だった。
目下の大問題はこれよりも親衛隊の壊滅である。
親衛隊がいない事でγジェネレータプラネット攻略の為に集結しつつある人類連盟軍に対抗できる戦力が『内宇宙』のみでは心許無いのである。
見方を変えればこの事態をアーヴィタル要塞奪還の好機と捉える事も出来る。だが要塞を外宇宙から集結させた戦力で攻撃したとて、こちらにいる部隊を取り逃しては意味がないのだ。
無論ナールライトもそれを知っているからこその人類連盟軍の布陣なのだ。
(あの男がそれだけを考えているとは思えんがな・・・)
ふと1つの考えが浮かんだ女帝はサークレイスを呼び出す。
同時に彼女の脳裏には5柱の1つである、カンナエの修復状況が浮かび上がる。
『サークレイスよ・・・仇敵ナールライト奴に一泡吹かせる作戦。そなたにやってもらう。良いな?』
同時刻 カルブンクルス司令室
「ナールライト司令、今すぐカデシュをそちらに送れと仰るのですか!?まだパイロットの状態が安定していません!!」
『彼は動かせるのだろう?カデシュ・ギベイオンだったか?あれ1機で文字通り戦局を支配できるのだぞ。無駄な犠牲を出さない為にもな』
カルブンクルス艦長・ルツ全身を怒りに震わせながら辛うじて声を抑えて言った。
「我々は既に囮の意味をなさないと?」
『それはセラの工廠に何があるか判らなかったからだ。無論失った人員や装備の補填はする。ヘーレム共は今こちらの艦隊の動きに注力してそちらに戦力は割けんはずだ。そこでこの機にヘーレム共を徹底的に叩くのが肝要と考えたのだよ』
「私達がそれくらいの事を考えていることくらいは連中もお見通しだと思いますけどね」
ルツの皮肉を保身の為だと受けとったナールライトは即座に切り返す。
「無論だ。連中とてアーヴィタル要塞奪還を考えるだろうな。近隣の宙域だけでも30万は下らないだろう。そうなった場合、後方のアーヴィタル要塞防衛に回せるだけの戦力はない以上は連中の主力を潰すのが上策と言う物だ。流石に要塞防衛戦ではギベイオン1機で全てを守り切る事は出来まい?」
死地に回されるか、要請通りカデシュを寄こせと言うのである。唇を噛んでルツは後者を選ぶしかなかった。
重い気持ちで医務室へ向かう。カデシュ・ギベイオンを操縦していた北条翔はベッドで寝かされていた。見た目にはギベイオン誕生以前と変わらないように見えた。
「ルツ艦長、どうしました?」
問題視されているのは脳以外の全ての身体機能が減退しているのだ。医師からは歩行がやっとであるという所見を述べていた。
『恐らく・・・脳機能がカデシュの電子頭脳と一体化したせいで一時的に脳からの指令が全身に行きわたらなかった可能性があります。本人はカデシュの手足が動くのを自分が操縦していたと錯覚させられたと考えられます』
これから告げる事に関してルツはいくらか気が軽くなった。周りに同じカデシュパイロットの少女3人がいないからだ。
「・・・・君に残酷な事を告げなければならない。これから12時間以内にこの銀河の反対側に行ってナールライト司令が指揮するプラネットジェネレータ攻略作戦に参加して欲しい。もちろんカデシュも一緒だ」
「拒否権は?」
「ある。その場合はアーヴィタル要塞の防衛に回る事になる。ただ、ナールライト司令が言うには外銀河の戦力最低30万を相手にすることになる。ボロ家の要塞を四方八方から攻撃されて守り切れる自信が君にはあるか?」
翔にはルツ艦長がこの言葉に首を縦に振って欲しいように思えた。だが彼にはその言葉に首を横に振る事しか出来なかった。
「そうか・・・すまないな」
「いえ。死なない程度に頑張りますよ」
「君って奴は・・・ハリオ技師長からあの黒いモノリスとギベイオンについて分かった事を纏めたデータを渡すよう頼まれている。これを見てもう1度考え直すも良し。ナールライト司令には私がどうとでも言い訳するからね」
「ありがとうございます。このデータ、優歌たちも?」
「知っている。全員青ざめていたよ・・・私もな。少なくとも艦隊をあの姿になる状況には2度と陥らせる事はしないつもりだ。ではな。早めに休めよ」
ルツが出てすぐに翔は渡された端末の電源を入れる。
映像の中には見慣れたハリオが頭を掻きながら少し言い淀みながらも以下の言葉を紡いでいった。
『これを見てるってことは・・・まだカケル、お前さんがまともだと思っていいんだな・・?その前提で話を進めていくぞ。結論を言えばあのギベイオンへ変身だか装着をするのは極めて危険だという事だ。いや、使うな。あの黒い箱、モノリスに使われている材質は異常な可塑性と粘性がある、スライムみたいなものだ。それがある種の電気信号を受ける事で超硬質の金属へと変わる。問題はその電気信号はカデシュのみでは賄えない様になってやがる。この時点で気づいたと思うが足りない分をパイロットのそれも有機的な脳の発する電気信号を使う。操縦中は完全に機体の思考コントロールが優先されて、お前の体はその間首から下に脳からの指令が届かない状態になってる。だがお前の話から普通に操縦しているように欺瞞する一種の麻薬みたいなモンがドバドバ脳に流れ込んでいるんだ。コイツはワザとパイロットを廃人化させるつもりとしか思えねえ、悪魔の装備だよ。もう1度言う。もう2度とあれを使うなよ。モノリスはどこか安全な場所で廃棄するつもりだ』
(廃人化か・・・でもそれだけじゃない気がする。もしかしたらナールライト司令は何か知っているかもしれない)
翔はハリオのデータを見て既に決まっていた決断を更に固めていた。いつしか彼の戦う目的は戦いを止めるだけでなく、FOやセラの民の謎を明かす探求心が加わっていた。
その目的を知っているであろう、ナールライトと1度話をしてみたいと思っていたのだ。
「あの箱は置いていく。ギベイオンを持って来いとは言われていないからな」
これが自分を心配する相羽優歌・牧野琴音・レンの3人の少女を説得するために翔が使った言葉だった。
「ま・・・反対しても行くって目だね。しょうがない、いよいよって時はあたし達が3人がかりでやるわ」
優歌と琴音が返事を渋る中レンはいつも通りに応じた。
「そっか、気絶させればコントロールを奪い取れるんだ!」
「おいおい!当たり所に注意してくれよ。優歌のゲンコツは痛いからな」
無理にでも冗談にして場を暗くしない様に努めて、4人はモノリスを残してカルブンクルスからカデシュに乗って飛び立っていった。
2日後・ストラデゴス級機動戦艦司令室
「連中、本当にカデシュだけを寄こしてきましたよ。それに何かあったらこちらの医療施設を優先的に使わせろなどと傲慢にもほどがある!」
ナールライトの副官であるアームレイは満を持してやって来たカデシュに落胆と怒りを隠さなかった。
「好きにさせておけ。それに連中はモノリスの秘密を全て解き明かしたわけではないようだ」
「はあ」
あまり機嫌を損ねていない主人に安堵と拍子抜けしながらもアームレイは次の指示を待つ。
「布陣はこのままだ。先程入ってきた、連中の増援の内訳が判るか?」
「はい。どうやらラディックス級哨戒補給艦2隻のようです。ただ離脱せず相手方の布陣に加わる、というのが不可解ですが・・・?」
「この期に及んで何を運んできたのか、それが重要だ。まさか質量弾として突撃させるとも思えんが・・・?」
相手の出方を25通りほど考えた後ナールライトは全軍に6時間後に攻撃開始する旨を伝えた。
「人類連盟軍前進を確認!!」
「やはりこちらの行動に気付いてはいないようだな!?全艦砲撃開始!1分後に全FOを発進させろ!!ストラデゴス級2隻は主砲チャージ開始!」
ヘーレム軍は第1艦隊総司令官クレドの号令を粛々とこなす。彼らは防衛対象であるフィールドジェネレータへの道をわざと空けるように中央部をがら空きにして左右それぞれを1隻ずつストラデゴス級機動戦艦を配置、その前方をエスノセントロン級強襲揚陸艦48隻とオートノミー級空母32隻で固めていた。この艦隊は第1艦隊と第4艦隊の合同で前衛には5柱であるテルモピュライが配置されていた。
「ここを突破されるわけにはいかない!!全機ストラデゴスの射線上に敵を集めろ!」
テルモピュライのパイロット・オーシャの指揮の下ヘイスティングスとタラス・ダンの編隊が敵のコルトレイク部隊の上下から殺到する。
(どこにいる?ナールライト・・・貴様の性格では前線に出ているはずだ!?)
コルトレイク2体を足のクローで捕縛、インパクトキャノンで真っ二つにしつつオーシャは仇敵ナールライトを探し求める。彼女は女帝から今回の『追加の作戦』を聞かされている2人の内の1人だが、それと関係なく自らの手で裏切り者を始末したかったのだ。
「貴様の設計したガラクタなぞにやれるテルモピュライだと思っているのか!!」
憎悪の籠った一撃。両腕のクローでコルトレイク2機の頭部を潰し、アンカーで振り回しながら戦闘機を頭部のバルカンと背部のフォトンランチャーで薙ぎ払うように消滅させていく。
突如の警告音に笑みを浮かべた彼女は右腕を射出。アンカーはカルバラーの伸長した左腕クローと激突し本体へ戻って行った。
「そんなに対戦がご所望なら相手をしよう。特別にな!」
かつての僚機にカルバラーはトライデントを突きつけて宣告した。




