第五十五話 セラへ
ヘーレムがβユニットと呼ぶ、本星を守るフィールドジェネレータプラネット近海に親衛隊隊長ガルバオト率いる猟犬部隊の艦隊が集結していた。
要望していた補給物資を受け取る為である。
「ご苦労」
「これを渡すようにとクレド閣下からの言伝です」
補給部隊の責任者は真四角の薄い携帯端末を差し出す。
「通信機か・・」
「はい。本国からの信号を強制受信するものだとか」
「小言を言う為だけにこんなモンを寄こすとは天下の第1艦隊も暇になったもんだな?」
『聞こえているぞ。この端末は貴公の声をこちらに昼夜問わず拾う。ちなみにこの端末を受け取らないなら補給は渡さん。これは私ではなく陛下の意向でもある』
端末からの第1艦隊総司令クレド提督の冷たい声が響く。
「何だと!?それが前線で必死に戦う兵士に掛ける言葉か!」
『タダの小競り合いで何体グルンヴァルトを失ったと思っている!?無能な指揮官の下で戦う兵士の方がかわいそうだ』
端末を叩き割りたい衝動を何とか抑えてガルバオトのっぺらぼうの顔面を光らせた。
「確かに連中の練度を見誤っていた。だが次は違う。サンバルテルミⅣのウイルス特性を奴らもそろそろ理解している頃だ」
『それがなんだというのだ?』
風向きが変わった事を察知したガルバオトは一気に畳みかける。
「前線を知らない提督殿には判らないかなァ。あれのウイルスは今までのとは違う、変異株だ。それもワクチンが出来にくい。すなわちこれ以降カデシュを出撃を見合わせる可能性が高いって事だ」
『・・・言い切るな?』
「言い切るとも。連中に会って俺達に無い物、すなわち命だ。こちらはFOを失いはしたがパイロット全員の頭脳回路は無傷だ。新しい体さえあればいくらでも交換が利く。向こうにはそういった芸当は出来ん」
クレドとて同レベルのパイロットとFOのどちらが貴重かは理解できる。高性能FOを高性能足らしめるのはパイロットの頭脳レベルに依存しているのがヘーレムなのだ。その頭脳を造り出し、経験を積ませるのにどれだけ時間と資源は膨大な物になるのだ。それは人間も機械人間も同様のプロセス、つまり訓練と実戦を生き延びることでしか学べない事なのである。
『どうかな?地球人と言う連中はどうも我々の常識の埒外にあるというぞ?それに例のウイルスが敵機に異常を引き起こすのにかなりの時間が掛かるという理由で研究が中止されたという事を忘れたわけではあるまい?』
今度はガルバオトが言葉に詰まる番だった。
「・・・・いいだろう。そっちの言い分を今回は聞いてやる。だが俺は親衛隊隊長であんたは艦隊司令ってことを忘れんで貰いたいな。俺の部下をどう使おうがそっちに影響がない様にしてもらわにゃならん」
『勿論だ。γジェネレータプラネットに有機人間共の本隊が襲撃を掛けるべく集まっている。そちらもカデシュを連中と合流させんよう、気張ってくれ』
ガルバオトは端末から目を離し、初めて格納庫へ搬入されていく補給物資を視界に入れた。
「言われんでもやるさ。連中にセラの大地は踏ませんよ」
満足だった。サンバルテルミⅣ3機とⅢ3機が専用ベッドに乗せられて床に固定されている最中である。
なんのかの言ってもクレドはこちらの要望を全て聞いてくれたのだ。
同時刻・人類連盟秘密補給基地
カルブンクルス率いる人類連盟「囮艦隊」はナールライトがあらかじめ用意していた秘密補給基地を訪れていた。
基地の医療スペースでカデシュパイロット4人、北条翔・相羽優歌・牧野琴音・レンは施設で出来得る限りの精密検査を受けていた。
「一体どうしたんです?前にサンバルテルミと戦った時にこんな事はしなかったのに?」
検査が一通り終わり、後は結果を待つだけという状態で医務室に集められた4人を代表して翔が口を開く。
彼らの目の前には医師だけでなく門外漢であるはずの技術主任のハリオまでいたのも彼等の疑問に拍車を掛ける要因だった。
「実は、ハリオ主任から先日戦ったあのサンバルテルミなるFOに関して非常に恐ろしい事実を聞いてね。それで異常が起きていないか、もしくは起きる可能性が無いかを徹底的に調べていたのだよ」
「それはなんですか?」
医師に代わってハリオが話始める。
「話の前にお前達全員何ともないか?」
全員大丈夫だと頷いた。
「そうか。そいつは良かった。実はな、補修の為に栄養補給しようとした部下がな、機体各部の内部の配線がそろいもそろって妙な焼け方をしていたと言ってきたんで改めて調べてみた。すると」
まるで怪談でも話すような声音に優歌と琴音はゴクリと喉を鳴らした。
「既に死滅していたがあのウイルスは前の装甲分解溶液とは別の変異株でカデシュの機体各部の動きを阻害するよりもまず電子頭脳を目指して進む様に設計されていた。これが何を意味するか分かるか?」
「待って!カデシュも含めてFOの電子頭脳はブラックボックスになっているのよね?」
レンの反論にハリオは頷く。
「そうだよ。だが分かっている事もある。すなわちFOが思考操縦を前提とした機能を持つ以上、電子頭脳がウイルスに冒されたら直結しているパイロットの脳も脳死する可能性が極めて高いってこった」
「防ぐ方法は無いんですか?」
「攻撃を躱す以外今のところ無い。多分カデシュが時間をかけてワクチンをまた作りだすだろうがそれが次の戦いに間に合うかどうかは判らん」
「またあの機体を投入してくるでしょうか?」
琴音は不安を口にするがレンは現実的な言葉を口にした。
「するね。前の戦いが運用試験の最終段階だったら今度は本格的に攻めて来るよ」
「だとしてもカデシュを出さない訳にはいかない・・・そうですよね?」
「ああ。ルツはあのウイルスがコルトレイクやカルブンクルスにもいずれ効果を及ぼす様になると考えてる。だから効果は弱くともワクチンを作っていわば予防接種を全機体にさせるよう指示を出しているんだ」
それはウイルスによって人類連盟軍のパイロット全てが死ぬ可能性を示しているのだ。カルブンクルス艦長のルツはその最悪を回避する為の指示を出したのだ。
その時、ルツが医務室に入って来た。
「そこから先は私が話そう。敵はこちらの目的がセラの工廠である事を確実に見抜いているだろう。だから連中は私達がそこにたどり着くまで何としてもカデシュを温存すると考える。そこでその逆を突く」
「わざわざ落とされろって言うのかい?」
「レンの言う通り、例のFOはカデシュにとって天敵といえる。だが敵部隊が必ずカデシュを狙うという作戦上の利点でもある。そこで」
ルツは手元の端末を取り出すと立体映像を出す。
「カルブンクルス以下、カデシュ以外の戦力はサンバルテルミⅣとカデシュを1対1の状況を作るべく敵機体を足止めする。この機体の定義にはサンバルテルミⅣの『攻撃端末』も含まれる。コイツの攻撃にはコルトレイク・ガンナー部隊を当てる。つまり必然的にカルブンクルスは部隊の先頭を走る事になる。当然アタシらの役割は敵指揮官FOの触手野郎を全力でカデシュに近づかせない事だ」
ルツは一気に喋ると頭を下げる。
「頼む。君達4人の命をこの作戦に賭けてくれ。セラにある訳の判らないモノより戦友の為に」
「顔を上げて下さい、ルツ艦長」
「そうだよ。そう言われてはいと言わなきゃ女が廃るよ」
「ありがとう。ハリオ爺さん、サンバルテルミⅣのデータと対策をカケル達に話してやってくれ」
「おうよ。カデシュの電子頭脳のデータからⅣの全長はⅢより小さい。12mくらいだ。そして8つのパーツに分離して攻撃してくるってわけだが・・・1パーツに付き6発ビームを撃つごとにチャージが必要になるらしい。逆に言えばチャージ担当のパーツ、恐らく胴体だろうがそこさえ見つけて破壊出来れば奴の継戦能力は激減する訳だ」
「今からそれを見つける訓練をするって事?」
「そういうこった。頼むぜ」
補給基地を出たカルブンクルスは基地で生産されていたラッダイト級2隻を新たに編隊に組み込むと暗礁空域を脱した。目の前には明らかに他の星と違う淡い輝きを帯びた廃星セラがあった。
「あの光は何?」
サンバルテルミⅣ撃墜訓練の休憩中に展望デッキへ出てきた優歌が他のカデシュパイロットらに尋ねる。
「地表にある金属らしいですよ?どうも太陽光を取り込んで蓄積したエネルギーの放射がそう見えるみたいです」
「コトネ、詳しいね」
「イフルが教えてくれたんです。彼の母星もこの星系だったって。何万年前に滅ぼされたそうです」
4人共その言葉に押し黙るが翔はポツリと呟いた。
「クルーにとってもヘーレムにとっても因縁の星な訳か。イフルさんもセラに何があるかは知らないって?」
「みたいですね・・・そもそもそんな話はこの間ナールライト司令から聞くまで知らなかったそうです。『自分は平民の家系だったからかもしれないけどね』と仰っていましたけど」
「だけど人類連盟もヘーレムも両方何かとんでもないモノだって信じてる。これでどうでもいい物だったら皆浮かばれないよ・・・・何か光った!?ブリッジ!?」
レンは艦船のスラスター光を見た気がしてブリッジへ連絡を入れる。通信が繋がる前に艦内警報が鳴り響いた。
「皆行くぞ!!」
翔の後に続いて若者達は格納庫へと走った。
「ノコノコ出てきやがったな!ユニタリス、全サンバルテルミ共を出せ!グルンヴァルトは艦の直掩だ!!当然俺も出る」
「閣下ではなく艦のですか?」
「連中は一直線にこの船を沈めに来るぞ!?なんてったってサンバルテルミⅣのウイルスにビビりまくってるだろうからな!」
ガルバオトは使命に忠実すぎるのも考えものだと内心毒づきながらオペレーターへ説明してやる。
唯一の誤算はサンバルテルミⅣのウイルス特性の調整に手間取った上に結局コルトレイクに対しては効果を発揮できないままである事だった。この為セラの近海で迎撃しなければならないという一歩間違えれば敵を有利にしかねない状況での戦闘となってしまった。
(この事態も考えて新型共をあるだけ発注したんだがな・・・今度こそ奴を地獄へ送ってやる!!)




