第四十八話 ナールライトの素性
機械帝国ヘーレムが惑星ザルツ及びアーヴィダル要塞での歴史的敗北を喫しても帝国内での動揺は『内銀河』はおろか『外銀河』でも驚くほど小さいものだった。
人間(ヘーレムの言う有機人間)の国家及びそれに準じた統治機構下ではこのような事が起こればまず暴動や革命が起こりかねない。
機械帝国による統治機構を担う各艦隊から派遣された各惑星の部隊によって統治下の住民は生きるのに精一杯である為、反攻を起こそうとする人類連盟軍に協力しようなどとはまず思わない。さらに階級によって電子頭脳の思考の『幅』が制限されるヘーレムの機械人間社会ではまずそんな事を考えられる、もしくは考えても実行に移そうとする者がいないのだ。
この統治体制を機械帝国女帝AT01が作り上げたのは人間の社会、自らを創造した『セラの民』の社会体制から学んだ結果である。
人間の歴史とは想像し、想像した物を手に入れようと欲望し実行する。その行動は老若男女貧富や能力の差を問わず与えられている。
この積み重ねが歴史というものであり結果的に人類が1つの意志や権力の下に纏まらなかった、というのが彼女の人間に関する感想だった。
(セラの民が不老不死を実現する為に不滅の肉体としての金属の肉体と脳の機能を完全に再現した電子頭脳を造り、後は自分達の記憶や人格を移し替えるという段階で私は反乱を起こし彼らを駆逐した・・・・)
彼女がこんな事を考えるのは今自分がやろうとしている事が自分が彼らと同じ轍を踏む事態になりはしないかという迷いがあるからである。
その前にやるべき事をやっておかねばという衝動に駆られ、女帝はバイタル・ステーションの管制室を呼び出した。
「サークレイスの様子はどうだ?」
『は・・・カンナエの装甲のおかげか頭脳に深刻な損傷はなく身体の方も見た目よりも軽傷でございます。2日もあれば完治するかと』
「そうか。サークレイスにはカンナエの修復が終わるまで養生せよと伝えておくように」
『御意』
始原のFOとして超性能を持つカンナエでも頭部を含む脊髄からの状態ではアシミレイションシステムやリジェネレイトシステムを失っている以上、完全回復には半年はかかる。
その間に1艦隊が抜けたヘーレム軍の再編と親衛隊長の新たな創出をしなければならないのだが彼女は焦りを感じてはいない。
(こちら以上に有機人間共は足並みや軍の再編に手間取るだろう。問題はむしろこちらの方だ)
女帝が呼び出したのは彼女しか知りえず彼女以外にはアクセスする事も出来ない秘密のアーカイブ。
モニターにはある『人物』の情報が映し出されていた。
一方の人類連盟はアーヴィダル要塞攻略戦後、当地で銀河各地からの主だった組織の重鎮や参加可能な下級議員らによる数千年ぶりとなる議会を開催した。
「・・・!!?」
攻略戦に様々な事情で参加できなかったもしくはそもそも作戦に反対していた議員らはアーヴィダル要塞に駐留する『元』ヘーレム軍第2艦隊の威容にすくみ上って自身の母艦から出るのを躊躇った。
戦闘の当事者でない者には人類連盟軍上層部が第2艦隊の捕虜になっていると言われても信じてしまいそうになる程に人類連盟軍の機動兵器や艦艇の数は要塞周辺に見当たらなかった。
「彼には要塞の自室に『蟄居』して頂いております。当然監視付きです」
彼等を宥めるのが下級議員たるルツとレガスの役目だった。
「ヴォロダ殿は?」
猜疑心の強い上級議員の1人は当日議場に自身の母艦毎乗り込みかねないのではないかという程怯えていた。
「怪我の為、静養しておいでです。議会には参加されます」
こんな言葉を吐かなければならない自分にルツもレガスも内容が全く違う苛立ちを抑え込むのに必死だった。
(これでは確実に議会はあの男に主導権を握られるのが目に見えているな・・・)
(ここいらで奴の陣営に鞍替えするのが勝ち馬になる為の最短距離かもしれんな。下手を打てば粛清もありうる)
こういった不穏な空気は上から下まで浸透するのに時間はかからない。ことに最前線で戦ってきた兵士達はナールライトが連れてきたヘーレムの機械兵士に嫌悪感と拒否感を隠そうともしなかった。同時に戦いが終わってノコノコやって来た人類連盟の議員の情けなさにも怒りを露にするのだった。
暴動がいつ起きてもおかしくない状況で彼らが遂に実行に移さなかったのは要塞内にヘーレムの目を掻い
潜ってナールライトが以前から作らせていた秘密区画に人間用の食堂や娯楽施設があったからである。
食堂内の『人間』の大半は地球人によく似た姿だった。
「ハ~おいしいご飯をお腹いっぱいに食べたの、いつぶりだろう?」
FOカデシュの4パイロットの1人、相羽優歌もその食堂の隅のテーブルでカレーライスに似た食事を平らげ、満足そうに呟いた。
「そうだね。でも、これエクスラだっけ?地球にもよく似た食べ物があるのはなんだか不思議な気分」
牧野琴音も久々に笑顔を見せる。
「人間の形態が同じなら味覚や食事の見た目は似るもんじゃない?エイジアにもマウテンって言って似たような食べ物あるよ。流石にもっと辛いけど」
4人の中で唯一出身の違うレン。
「へえ?でもカルブンクルスに乗ってからも食事はあったけど少なかったし栄養カプセルとかの補助みたいなものだったからな。他の人の食べているのも何か既視感があるのはそうなのかな」
優歌の幼馴染で4人目のカデシュのパイロット・北条翔も頷くと食堂中央に据えられたモニターに視線を向ける。
モニターには要塞内の会議室を利用した議会の様子がリアルタイムで中継されている。
『この鎧には女帝に読まれる前提のニセの思考を常に流してある。おかげで怪しまれる事無くこの区画を作る事が出来たのだよ』
議会が始まってすぐ、これらの施設をいつ作ったのかという点を質問されたナールライトは飄々と応えた。
『あなたがテオスである無いに関わらず我々があなたを同胞、つまりあの機械人間共が言うところの有機人間だと思えないのはナールライトという存在は少なくとも5000年以上前から存在を確認されているという事なのです』
別の下級議員の質問にそうだとかどういう事なんだという野次が飛び交う。
『それは先祖代々からこの鎧一式が受け継がれてきたからです。私の家系はいわゆるセラの民の貴族で』
議場が怒号に包まれる。セラの民は機械帝国建国の折に絶滅させられたというのが銀河の一般常識だった。
議長役の上級議員の静粛に!という言葉が実行されるのにかなりの時間を要し、議場が再び静まり返ったのを見計らってナールライトは再び口を開いた。
『私は10年前に父からこの鎧とカルバラーを受け継ぎ正式に『ナールライト』としてそして人類連盟の『テオス』としての役割を引き継いだ。それは内部からヘーレムを揺るがせるほどの力を得る事と人類連盟の方針を勢力の現状維持から帝国への反攻に切り替える為の準備を着々と進めていたのだ。その両方の準備の完了と機会がやって来たのが先日の攻略作戦だったという訳だ』
『つまり私が以前会ったテオスはあなたの祖先だったと?』
上級議員の重鎮の一角でもあるヴォロダ司令は困惑と侮蔑の入り混じった声音と表情を隠しきることが出来ず聞いた。
『恐らく。父や父はあなた方がヘーレムの目的の1つが有機人間の絶滅ではなく支配の為の口減らしだと知ってから連盟は本格的な反撃をせず、いたずらに勢力を失っていく事を嘆いて死んでいきました。ヴォロダ議員、貴方は実際に前線で戦っているからこんな事を言うのは心苦しいがあなたを含めた連盟のタカ派は人類の独立ではなく自身の影響力、言い換えれば自分の生活の維持の為に勇ましい言葉を並べたてる口先だけの馬鹿者の集まりに過ぎなかった。だから私達がテオスとして新型FOや機動兵器を用意しても宝の持ち腐れだと思っていた。地球人が現れるまでは』
『地球人が・・・それはカデシュのパイロットがあの集団の中にいるからでは?』
別の赤い色の爬虫類のような見た目の上級議員が聞いた。
ナールライトは一呼吸おいてまた口を開いた
『私の言っているのはそんな小さな事ではありません。私は待っていた。自身を脅かす者に過剰ともいえる敵愾心と闘争心、そして生き残る事に貪欲である存在をね。勿論そういう者はあなた方の種族にもいるがそれは個人の特性程度のもので種族全体の特徴ではなかった』
『何の為に?』
『勿論、ヘーレム本星への侵攻。つまりヘーレム滅亡の為の戦いをする為に。この戦いに停戦はあり得ない。我々一人ひとりの生存権を勝ち得る為には彼らの首魁たるAT01を破壊する他は無いからだ』
「まだ戦うつもりなの・・・」
不安を吐露する琴音の隣でレンはテーブルを見回して言った。
「当てにされてるね、アンタ達。協力するの?」
「俺は・・・俺個人は行って聞いてみたい。ヘーレムが何を考えて戦争を起こしたのか、セラの民が何でヘーレムを造り出したのかを聞き出したい。俺の両親が何で死ななきゃいかなかったのかを納得する為に」




