第四十四話 戦間の些事
人類連盟と機械帝国ヘーレムとの間で行われた鉱山惑星ザルツ攻防戦は銀河史上初めて人類側の勝利した『公式』の会戦となった。だが人類連盟艦隊の実情は薄氷を踏む思いでつかみ取った辛勝であった。
本命はこの後に控えるアーヴィダル要塞でありザルツは前哨戦にすぎないはずだった。だが予想以上に戦力を消耗し、占拠した鉱山惑星は元の所有者によって貯蔵していた金属物資は殆ど運び出されていては兵器の新造はおろか修理すらままならない状態だった。
人類連盟整備班は結局いつも通り戦場にのこされた『残骸』をかき集めそれでも足りない場合は俗に言う『共食い整備』で賄うしかなかったのだ。
「おいハリオ爺さん、本気でこれで飛ぶと思うか?」
「知るか!やらなきゃわからないだろうが!?これが出来なきゃヤバいってのが、お偉いさんの考えなんだからよ!」
「爺さんがどう考えてるかって聞いてるんだよ!!」
「俺か?必要だろ?えっちらおっちら歩いて的になりたい奴がこの世にいるわきゃないんだから」
整備班が話しているのは主力FOコルトレイクを1G以上の環境下で飛行させろ、という上層部からの要請だった。
元々重装甲・重武装で0Gである宇宙空間での機動性が低いのがコルトレイクである。そこで苦肉の策として破損して使えなくなった支援戦闘機フレシェットをそのままバックパック上部に接続する、と言う物だった。当然最初からこんな事は想定されていなかった為に機体のバランス調整は難航していた。
そして突貫工事で完成した3機並んだこの急造兵器に乗り込むのは地球人パイロット達だった。
北条翔ら4人の少年少女に代表される、カルブンクルス所属の地球人『兵員』達の戦闘兵器や戦闘に関する適応性や順応性には他の星の人間達は目を見張るものがあった。
今回のザルツ攻防戦で生き残った兵士の4割が地球出身者だったのだ。彼らはFOタラスやフレシェット、艦の銃座を担当していた。
こうした情報に尾ひれがついて『地球人は闘争心旺盛な戦闘民族』という認識が人類連盟内に広まりつつあったのだ。
こう言った噂に頭を悩ませていたのがヴォロダを筆頭にする艦隊上層部だった。
「幸い士気が高い今はいい。これが劣勢になったら差別や内部抗争の火種になる」
ザルツの空をおぼつかない体勢で飛ぶコルトレイク隊にため息を吐くのは今回の作戦の総司令であるヴォロダである。
人種的に少数派にあたる、天使に似た姿形のラクマ人のヴォロダの言葉は多数派に当たるいわゆる『地球人型』人種であるレガスやルツには重い。
「それなら時間を置かずアーヴィダル要塞を攻略しなければなりません。余計な事を考えさせない為にも今はヘーレム共と戦い続ける事が肝要です」
「しかしアーヴィダル要塞はザルツと違って完全な戦闘要塞です。ザルツから撤退した部隊と要塞守備隊を合わせたあの数を今の兵力で攻めるのは自殺行為です」
主戦派のレガスの抑え役に回るのがルツのいつもの役目である。
「作戦計画では要塞周囲の全てのダークゲートを通って連盟の要塞攻略艦隊が来ることになっているが・・・」
「通信が取れない以上は彼らがどうなっているか判らないという事ですね」
ルツの言葉にヴォロダが頷く。
「オグン殿の戦死が悔やまれるな・・・彼らオモン人の質実剛健さは今の我々に必要な物だったのだが」
「ルツ艦長、オグン提督の遺体回収班はまだ帰らないのか?」
「どうにもトラブルがあったようで・・・カデシュを出しました。コルトレイクは機体の改修と慣熟訓練中ですから」
同時刻・アーヴィダル要塞
銀河のあらゆる座標が交わる重要地点に造られた難攻不落の要塞。そこに5柱の内3体と第一艦隊所属の親衛隊が集結する事は絶対にここを落とさせないというヘーレム側の、支配者たる女帝AT01の強固な意志を感じさせた。
「アダ・ン=リム親衛隊長。今第一艦隊のパイロットの頭脳から情報を吸い出している最中ではあるが・・・貴公からの報告も聞いておきたい。取捨選択を容易にするためにもな」
電子頭脳のリフレッシュを一足先に終えて要塞の総合指揮所に出向いてきたアダ・ン=リムにナールライトが尋ねる。
「何でも」
作戦の内であるとはいえ、軍事的には敗軍の将であるという意識がリムを謙虚にさせる。
敵の新兵器であるFOコルトレイクの性能や戦いの趨勢の詳細。
ナールライトが聞きたい情報を包み隠さず親衛隊長は伝えた。
「なるほど。その上で貴公は連中がこの要塞に攻めてくると思うか?」
「来る。でなければザルツを攻略した意味が無い。問題は連中が増援を含めて要塞の全方位からこちらに攻めてきた場合、想定以上の損耗を覚悟せねばならないだろう」
「その点も考慮してある。少し見ない間にオシャレになったのを見たでしょう?」
オーシャに見向きもせず、アダ・ン=リムはナールライトの方を見たまま問う。
「要塞の各所に備えられたアレの事か・・・だが要塞本体へのダメージは本当に最小限で済むのだろうな?」
「理論上重力波で各砲と要塞は分離される。だが性質上、試射が出来ぬ以上は理論でしかないがな」
「反物質砲・・・我らの科学力をしてようやく実用化の目途が立ったと思えばこんな最重要局面とはな」
サークレイスが呻く。
戦局どころか戦争形態そのものを変えかねないこの兵器はアーヴィダル要塞正面中央と東西南北のそれぞれダークゲートの多い場所を狙うべく設置されていた。
物質に反物質を当てる事で対消滅を狙うこの兵器は自身の反物質で砲自体を自壊させてしまう為砲1つにつき1発しか撃つことが出来ない上に射程も長い方ではないのだ。
「これを有効活用する為にも配置を考えねばならん。とりわけこのカデシュ・ダンとやらに妨害されるのは防がねば」
「カデシュ・ダン・・・!?」
「こいつが・・・!?陛下が有機人間とFO、とりわけ5柱との接触を嫌っておられたのはこれの事だった訳だな。だから発見早々に鹵獲から破壊命令に切り替わったのか」
サークレイスとオーシャの電子頭脳の片隅に微かな疑問がよぎる。コイツを以前どこかで見ていなかったか?
「どうした2人共?」
「「いや・・・別に」」
「最新鋭のグルンヴァルトすら圧倒する戦闘力・・・お三方にお任せしたいが如何?」
「随分弱気だな、親衛隊長殿?だがその話乗った!!」
オーシャに続いてサークレイスも頷く。
「私も。親衛隊長には要塞内部の指揮を執って頂こう」
「心得た」
ザルツ上空には先の戦いで大破・轟沈した人類連盟とヘーレム双方のFOや艦船の激戦の生々しい残骸が漂っている。北条翔・相羽優歌・牧野琴音・レンの4名のパイロットはカデシュに乗り込みこの機械の墓場からオグン提督座乗艦であったラッダイト級攻撃空母『グリネイド』の捜索とクルーらの回収任務に当たっていた。
「既に向かったはずの回収班の方々から連絡がないというのはおかしいですね」
「これだけ残骸が多いと遭難するかもしれないけどだったら救難信号が出ていてもおかしくはないけど」
北条翔は通信の感度を上げるがザザ・・耳障りな雑音が続くだけだった。
「そういえばさ、落ち武者狩りって言葉あるじゃない?その宇宙版とか?」
優歌の言葉にレンが応える。
「ヘーレムはそんな事はしないよ。宇宙海賊みたいな連中もいるけど『正規の』軍隊の目と鼻の先で物漁りするほど度胸のある奴はいないよ」
「だったら・・・」
「それを確かめに行くんだろ。あれか・・・?」
事前に聞いていたグリネイドの特徴と破損部分の一致する巨大な残骸の周りには損傷の無い3機のコルトレイク艦にワイヤーを着けたまま漂っていた。
「ねえあれ!?」
「艦内で何かあったんだ」
翔は艦の周囲を機体で回ると時折スパークが走る半壊したカタパルトデッキにカデシュは降り立った。
「ユーカとコトネはここにいて。アタシとカケルで中の様子を見てくる」
レンと翔は腰の光線銃とヘルメットのライトを確認するとコクピットから飛び出した。
「念の為周りをモニターしておいてくれ。俺達はブリッジを見てくる」
「気を付けてね」
床の亀裂やひしゃげた壁。完全な幽霊船そのもののグリネイド内を警戒しながら進む。
何かの気配を感じ2人は壁に張り付きその先を覗き込んだ。
「う・・・!?」
「鋭い刃物で喉を貫抜かれているね・・・」
思わず目を背ける翔と遺体の状況を冷静に分析するレン。
「反乱・・な訳ないか。だがそうなると何がここにいるんだ?」
「さあね・・・抵抗した形跡が無い所を見ると完全な不意打ちになるけど」
辺りを緊張した面持ちで探るが賊が隠れられそうな場所は見当たらない。
「見えない敵・・・まさか!?」
「ゲダムのカメレオンマシンが侵入して今もここにいるかもしれない!?」
シュッっという音に翔は天井に銃を向けて発砲する。何もないはずの中空で火花が散ってガタン、と脳天を撃ち抜かれたカメレオンマシン、メカニオーム・スマラグティナが床に転がった。
「こっち!」
レンは翔の手を引き通路に飛び込むとブリッジへ繋がる電気の通っていない真っ暗な非常通路を駆け上る。
「そうかここなら」
「ライトで敵の影が浮かび上がるってわけ!」
ライトを消してドアの左右からブリッジへ転がり込んだ翔とレンは息を殺して耳を澄ます。
暗がりに浮かぶ惨殺体の中には派遣されたコルトレイクパイロットらもいた。
その側にはモグラに似たオグン提督の遺骸がうつ伏せで浮かんでいた。
「俺が囮になる。レンは連中を頼む」
光線銃を渡すと翔は飛び出した。
同時にレンが何かが動く気配を察知し『それ』に狙撃すると同時にライトを点けた。
暗闇の中一条の光目掛け走る翔は何かが近くに刺さるのにも構わずレンのところへ走る。
「優歌、カデシュを!3数えたらブリッジを潰してくれ!」
「わ・・・わかった・・!」
1光に向かって見えない敵の硬質な足音が迫る
2オグンの巨体に引っかかった翔を助ける為レンは銃を撃つが躱される。悲鳴と怒号を上げながら翔はスマラグティナを蹴り飛ばす
3反動で2人が非常通路に回転しながら倒れ込むのとカデシュType・Fの腕が壁面をぶち破って突っ込まれた。
「あぶねえ・・」
足1本分の距離に突き立てられたクローに冷や汗をかく翔。レンを押し倒す形になっていた形に優歌と琴音の怒気を含んだキンキン声がスピーカーから響く。
『イチャイチャしてないでさっさと乗って!』
『早く帰って来いって皆さんお怒りですよ』
「えっ・・・!いやしてないから!?」
「そうだよ・・」
カデシュの人差し指が最速するように床に突き立てられるのを見て議論を止めて乗り込んだ。
3時間後
簡易的な葬儀を終えた人類連盟艦隊は補給や整備もままらない中要塞攻略へと向かう事となった。




