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芽生える疑念

……………………


 ──芽生える疑念



 学生寮は以前記述したようにトイレとシャワー及び風呂は共用だ。


 そして女子生徒たちはシャワーで済ませるよりも風呂を好んでいる。帝国では入浴の文化は地方によって異なるが、このミネルヴァ魔術学園に入った生徒の多くは浴槽に浸かる文化を好むようになる。


「ふんふん。今日もあの変人に付き合わされたせいで疲れましたよ……」


 アリスもシャワーだけより風呂に入ることを好むほうであり、一日の疲れを癒すために女子用の大浴場を訪れていた。


 大浴場は立派なものであり、大理石の大きく、清潔な浴槽がドンと構えている。そして温かいお湯が休みの期間も24時間維持されているのだ。


「ふー。癒されるー……」


 アリスは体を湯船に沈め、大きく息を吐く。


 ゆっくりとこうして風呂で地下迷宮を歩き回った疲れを癒そうかと思っていたいたアリス。しかし、そこで予想外の人間が姿を見せた。


「アリスさん」


「え。エレオノーラ・ツー・ヴィトゲンシュタインさん……?」


 エレオノーラだ。裸体にタオルを巻いた彼女がアリスの前に姿を見せた。


「少し話せますか?」


「え、え? あ、はい……」


 エレオノーラがアリスの隣で湯船につかるのにアリスがコクコクと頷く。


「アレックスとは親しいんですか?」


「それはまあ。何というか望むと望むまいとという結果でして」


「それはどういう?」


 アリスの返事がはっきりしないのにエレオノーラが問いを重ねた。


「子供に懐かれた、って感じです。あの人って凄く子供っぽいじゃないですか。全然責任感ってのがなくて、自分が楽しければどうでもよくて、平気で人を自分のことに巻き込む。そういう実に子供っぽいところがあるんですよね」


「……でも、私たちも子供だと思うのですが」


「年齢としては子供であっても私たちはある程度大人の自覚があるじゃないですか? 私は流石に彼ほど子供だとは思っていませんよ」


「そうですね」


「けど、子供っぽいのは生きやすいですよね。難しいことは考えなくていいですし。毎日楽しいことだけ考えていればいいわけですよ。それってなんだが凄く羨ましくなっちゃいますよね」


「そう、ですね……」


 アリスがふわふわとした意見を述べるのにエレオノーラがそう言って小さく頷く。


「まあ、私も周りから見たら子供なのかもですが。特に大人にならなければならないという差し迫ったことがありませんし。学園に通うことになった理由もとってもいい加減なものでしたから」


「どういう経緯で学園に?」


「家庭教師にここを卒業した魔術師だった人がいたんですけど、その人が魔術を使ってみないかって言ってやってみたらできたんです。まだ私が幼かったころの話でして。それを両親はすごく喜んだんですよ」


「ああ。それで才能を伸ばすために。いい加減ではないと思いますよ」


「いい加減ですよ。両親も私も魔術について何も知らない玩具屋一家です。玩具のことはいろいろと知っていても魔術について露ほども知らず。それなのにこんな立派な学園に通うことになって胃が痛いです……」


 エレオノーラが言うのにアリスがううと憂鬱気に唸りながら湯船に沈んだ。


「けど、あなたは上手くやっている。成績もそう悪くはないのでしょう?」


「正直、ギリギリですね……。過去問がなかったら不味かったですよ。記号学とかは過去問があってもどうにもならなかったですけど赤点だけは何とかで。成績は可ばっかりの渋いものでした」


「家の人は何と?」


「両親は私が学園にいるだけで満足って感じです。何なら成績に優がひとつあっただけで大喜びの手紙を送って来ましたよ」


「……羨ましい」


「え?」


「何でもない」


 アリスが聞こえ損ねて問うのにエレオノーラは首を横に振った。


「どうせ将来は実家の玩具屋を継ぐんですから学園の成績なんてどうでもいいのかもしれないですけど。私も魔術は微妙でも玩具は好きですしね。ぬいぐるみとか、模型とか、パズルとかどれも大好きです」


「それはいいですね。本当にいいことです」


「ええ。だから、玩具屋を継ぐのは歓迎です。エレオノーラさんは好きな玩具とかありますか? よければプレゼントしますよ」


「ごめなさい。あまり玩具って知らなくて……」


「子供のころとか人形でおままごととかしませんでした?」


「私の家は兄弟姉妹もいなかったし、母は私を産んでから……」


「あ。す、すみません……」


「気にしないでください」


 地雷を踏んだと思ったアリスがすぐさま謝罪するのにエレオノーラが微笑んだ。


「で、では、私はこれでそろそろ……」


 それでも居づらい雰囲気だったためアリスは湯船から上がって退散。


 エレオノーラはひとり湯船に残り、ぼんやりを考え事をしていた。


「……私はヴィトゲンシュタイン侯爵家なんて嫌いだ。継ぎたくない。魔術は好きかもしれないけど貴族なんて……」


 エレオノーラは呻くそうにそう呟き、首をまた横に振る。


「アリスさんのような平民に生まれていたら、彼も私の方を振り向いてくれたのかな……。彼は自由で、生き生きとしていて、楽しそうで、とても羨ましい……」


 エレオノーラはそのまま少しの時間を大浴場でただただ過ごした。


 彼女はそれからようやく風呂から上がり、着替えると寮の中を進む。


「どうだった? 怒られなかった?」


「うちは大丈夫だった。不可はなかったしでさ」


「こっちは不味いよ-。遊びすぎってお小遣い減らされそう!」


「じゃあ、頑張らないと」


 寮の廊下では生徒たちが今回の中間試験の結果について話していた。


 エレオノーラは優、良、可、不可の四段階の成績のうち記号学以外の全てが優という優れた成績であったが、父ゲオルグはそれを褒めることはなかった。


「結局何をしているのか聞けなかったな……」


 寮の自分の部屋に入り、エレオノーラがまた独り言ちる。


「アレックスは私のことを褒めてくれた。貴族だとかそういうことは関係なく。だけど、、彼は今はアリスさんとずっと……」


 そして部屋に入ったエレオノーラはそう言いながら机に向かって椅子に腰かけ、思い悩むように肘を突いた。


「私は彼のことをどう思っているんだろう……。好き、なのかな……?」


 アレックスとはエレオノーラは入学以後、頻繁に会話をしているし、食事も一緒にしている。エレオノーラには友人が大勢いるが、その中でももっとも親しいのはアレックスだと言えるだろう。


 アレックスはエレオノーラをヴィトゲンシュタイン侯爵家の令嬢だとして他所他所しく扱わなかったし、媚びもしなかった。まるで家名になんて何の意味もないという風にアレックスは振る舞っていた。


「分からない。全然分からない。けど……」


「自分のものにしたい」


「!?」


 不意にエレオノーラしかいないはずの部屋の中で少女の声が聞こえた。


「あなたは……」


「やあ。久しぶりだね、エレオノーラ?」


 部屋の中に少女がいた。


 年齢は16歳ほど。明るいサンディブロンドと黒髪が混じった奇妙な頭髪。それをツーサイドアップにして纏めている。その頭には銀色のリボンと凝った装飾の施された王冠が輝いていた。


 瞳は血のように赤く、そんな瞳が輝く顔立ちはあどけない。


 さらに目を引くのは彼女の纏っている服装だ。


 彼女は動物の毛皮で飾られた真っ赤なマントを翻し、白色と金色で、フリルと金糸がふんだんに使われた露出度の高いドレスを纏っている。


 そして、首には何重ものネックレスを下げ、指には全ての指に宝石の輝く指輪を身に付け、耳にも煌びやかな宝石が下がったイヤリングをしている。まるで人間宝物庫とでも言うべき存在だった。


「マモン……」


「ああ。ボクのこと忘れてなくてよかったよ。君に会ったのはこれでたったの3回目だけどね。1回目は君が生まれたときで、2回目はボクの宝物庫を案内したとき、そして3回目は、今だ」


 そこにいたのは“強欲”の大罪を司る地獄の国王──マモンだ。


……………………

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