欲望の赴くがまま
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──欲望の赴くがまま
「一体何の用事ですか、マモン?」
「君とボクの間には少なくない繋がりがある。ボクが君を訪問するのに本来ならば特に理由は必要ないんだ。今やボクと君は親戚みたいなものなんだから、ね」
「…………」
マモンがそう言いながら部屋のベッドに腰掛けるのにエレオノーラは何も言わない。
「まして親戚である君が思い悩んでいるとしたら、その悩みを解決するために助言者としてやってくるのは当然と言える。ボクにとって君は可愛い姪っ子みたいな子だし、お気に入りの玩具でもあるんだよ?」
「玩具、ですか」
エレオノーラがマモンの言葉に険しい表情を浮かべる。
「ああ。別に悪い意味じゃないよ。ボクにとって玩具は財産であり、財産はボクにとって何より重要なもの。つまり、君のことはボクの宝物庫に収められている宝と同じくらい大事だってことさ」
マモンはそう言ってエレオノーラに笑いかけた。
「それより君はほしいものがあるんだろう? それなのに君は手に入れられないで困っている。助けてあげようか?」
「別にあなたの助けは必要ない……」
「そうかい? ボクは喜んで助けるよ。君がほしいものがボクも欲しいんだ」
「あなたがほしい?」
マモンの言葉にエレオノーラが胡乱な目でアレックスを見る。
「“強欲”の大罪を司るボクにとって欲望は何よりの美徳だ。ほしいものは多ければ多いほどいい。そしてほしくなったものは手に入れられれば文句はない。だから、君のほしいものはボクもほしくなる。人がほしがっているものには価値がある、から」
マモンは歌うようにそうエレオノーラに向けて語った。
「そして、君がほしいのは男か。大人になったね、エレオノーラ。人形やぬいぐるみをほしがる前に男をほしがるのは流石にびっくりだけど」
「ほしいわけでは……」
「顔にはそう書いてあるし、欲望の臭いに人一倍敏感なボクの鼻は騙されない」
エレオノーラがその言葉を否定しようとするのマモンがぐいっと自分の顔をエレオノーラの方に突き出す。
「そんなにいい男なのかい? 君のほしがっている男というのはさ。ボクはことに宝物に関しては価値を理解する自信があるけど恋愛についてはいまいちでね。そういうのはアスモデウスの専門だから」
「いい人だと思います。少なくとも私にとっては」
「そっか、そっか。じゃあ、なおさら手に入れなくちゃ。君の恋路の障害となっているのは……君以外の女か。シンプルな問題だね」
マモンがそう言い当てるのにエレオノーラがびくりとする。
「仮にそうだとしたらあなたはどのような手助けをしてくれるのですか?」
「人を屈服させるにはいくつかの方法があるよ。説得はもちろん、買収だってできるし、短絡的なやり方だけど殺してしまうというのは手っ取り早い」
エレオノーラが尋ねるのにマモンがそう列挙した。
「君にとっては殺すのが確実なんじゃないかい? 正直に言って君に説得や買収に必要な腹芸ができるとは思えない。だけど、殺すのならば確実に君はやり遂げるだろう。君はとても強い。とても、ね」
「それは私が望んだものじゃない」
「君は本当に望まなかったのか? ボクに以前会ったときにはそうではなかった思うんだけどね。君はほしがっただろう。ボクの持っていた力を。君の家に代々伝わることになっている魔剣を」
マモンがそうエレオノーラの言葉を否定する。
「それは全部家のためであって私自身のためでは……!」
「なら、君のためにしてしまえばいいんだよ。君は何を遠慮しているのかな? こうなると君が本当にほしいものは本当にひとりの男なのかと疑問に思えてきたよ。君がほしいのはただ君を肯定してくれる存在だったりしないかい?」
「そんなことは……」
「そうであるならば手に入れよう。欲望に素直になって君のほしいものを手に入れよう。君が本当にそれを欲しているならば、だけどね。君は意外に君のほしいものを理解できていないのかもしないし」
もしかすると、とマモンが付け加える。
「君はその男のことなんてこれっぽちもほしくないのかもね。君の態度からはそこまでの情熱を感じない。恋愛が専門でないボクだって分かるぐらいに」
「そんなことはない! 私には彼が……!」
「そうそう。そこまではっきりさせてくれるなら分かりやすいよ。けど、手に入れなければまだ信じられない。君には手に入れる力があるんだから、本当にほしいならば手に入れられるはずだ。だろう?」
「私は……彼を……手に入れられる……」
「手に入れられるさ。絶対にね。邪魔するものは全て殺し、平原を駆ける略奪者のごとく奪い取ればいい。それで君の望むものは全て手に入る。君はそれによって彼への愛を伝えられるというわけだ」
「そう……」
マモンが愉快そうに語って聞かせ、それを聞いたエレオノーラはどこか心ここにあらずという様子で頷いていた。
「ま、君が本当に彼を思うのであれば、行動でそれを示さないと。君は今自分自身に試されているんだ。だから期待しているよ、エレオノーラ。ボクの大事な眷属よ!」
そう言い残すとマモンは現れたときと同様に唐突にその姿を消した。
「私が私を試している……。私が彼を思うのならば行動するのは……義務かもしれない。私には彼を奪い取れるだけの力があるのだから。あの剣さえ使うならば……」
エレオノーは自分自身でそう呟きながら、その言葉を否定するように首を横に振る。彼女が葛藤しているのは明白であった。
「駄目だ。そんなことをしてはいけない。一度あの剣を抜けば、多くの血が流れるまでそれを収めることはできないのだから。それにあんな剣、私は大嫌いだ。嫌いだ」
エレオノーラはそう言ってぐっと拳を握り締めると自らの頭を机に叩きつけるようにぶつけた。痛みによって冷静になろうとしているかのようだ。
「絶対に駄目。やっては駄目。じっとしていればいずれ全て終わる。何事もなく。……けど、私は……それでいいの……?」
そう呟くエレオノーラは泣きそうな顔をしていた。
「私がほしかったものがこれまで一度でも手に入ったことはあったっけ……」
その呟きに答えるものは誰もいなかった。
そして、夜が更けていく。
そのころミネルヴァ魔術学園アドルフ3世記念講堂地下迷宮では──。
「……この気配は……」
迷宮の主たるアビゲイルが怪しい光の宿る瞳をうっすらと開き周囲を見渡した。
「やあ、アビゲイル。久しぶりだね!」
「マモン陛下。どうなされたのですか?」
現れたのはアビゲイルの主でもあるマモンだ。この地下迷宮はこのマモンの力を借りて維持されているものである。
「君の所に来ているんだろう。アレックス・C・ファウストって男がさ」
「ええ。来ていますが、それがどうかしましたか?」
マモンが尋ねるのにアビゲイルが怪訝そうな顔をした。
「どんな男だい? 君の感想を聞かせくれないか?」
「一見してはふざけた男です。言葉使いといい、態度といい、人を常に小馬鹿にしているような男です。しかし、その実力は確かです。地獄の皇帝サタンを地上に召喚するような力を持ち、他にも悪魔を従えている」
「ほうほう。サタン様を地上にね。それは確かに面白そうだ」
アビゲイルが語るアレックスの人物像についてマモンが頷きながら聞く。
「サタン様には気に入られている感じだったかい?」
「分かりません。あの方の感情は憤怒のそれが強く、我々には知るすべはないのです」
「確かにね。サタン様は怒りっぽい」
“憤怒”の大罪を司るサタンはその感情が怒りによって支配されやすい。
「しかし、何故あの男のことを? 何かあられたのですか?」
アビゲイルが怪訝そうに尋ねた。
「ちょっとばかり面白いことがあったから、ね」
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