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葛藤

……………………


 ──葛藤



 エレオノーラがまたアリスと一緒にいるアレックスを見かけたのは、休日が終わり、再び始まった学園の講義の場でだ。


「……アレックス」


 必須科目である古代言語の講義が行われている講義室。


 エレオノーラが見つめる先にはアリスを右に、サタナエルを左に座らせたアレックスの姿があった。彼はアリスやサタナエルと小声で話しながら、ジョシュアが行う古代言語の講義に参加していたのだった。


「最近、あまり話せてないな……」


 アレックスとの距離をエレオノーラが感じながら彼女は教科書に視線を落とす。


 アレックスはアリスと依然としてミネルヴァ魔術学園地下迷宮の探索を続けており、すれ違いが生じてしまっていた。


「この東方古典文法と言われる文法では──」


 ジョシュアは興味のなさそうな生徒たちに向けて、生徒たちの理解などはどうでもよさそうに講義を続けている。私語なども気にならなければ注意する様子はない。


 そのためアレックスはアリス、サタナエルとお喋りを続けている。


「えっと。この付近はテストに出るのでちゃんと見ておいてください」


 ジョシュアがそう言った直後に講義終了の鐘がなり、ジョシュアは誰よりも早く講義室から退散した。


 アレックスたちも退席しようとしているところにエレオノーラが駆け寄る。


「アレックス。少し話せないかな?」


「もちろん構わないとも、エレオノーラ。何かあったのかい?」


 エレオノーラの求めにアレックスは快く応じた。


「最近、忙しそうだけど何かあったの?」


「ふむ。少し野暮用がね。もう少しで終わりそうなのだが、終わったら終わったでまた次にやるべきことができてしまうのだよ。まあ、私自身も楽しんでやっていることだから不満はない!」


「それってどんなこと?」


「興味があるのかね、エレオノーラ?」


「……少し、ね」


 アレックスが逆に尋ねてくるのにエレオノーラはそう返す。


「少しでは明かせないな」


「おい、アレックス。さっさと行くぞ。いい席を取るんだろう?」


「ああ。そうだね、サタナエル。では、失礼するよ、エレオノーラ」


「あ。うん……」


 そこでエレオノーラに元気がないことにアレックスが気づいた。


「もう少し話したいなら今日の昼はみんなで食べないかね? 私と君とサタナエルとアリスとメフィスト先生で。どうだい?」


「いえ。気にしないで。じゃあ、また今度」


 エレオノーラはそう言ってアレックスと分かれた。


「ふむ。エレオノーラの様子がおかしい気がするな」


「そう言えばこの間も私たちが何をしているのか気になっていたみたいでしたよ。彼女には『アカデミー』のことについて話すつもりなんですか?」


 アレックスが言い、アリスが尋ねる。


「いずれ彼女も勧誘するつもりではある。しかし、予定ではまだ先だ」


「計画とかあるんです?」


「もちろんだとも! あるに決まっているだろう。私の念入りに組んだスケジュールによればエレオノーラを引き入れるのは当面先だ。今は『アカデミー』という後ろ暗い組織の同志ではなく、良き友人として接しておきたい」


「なんか私のときと態度が違う気がするんですけどー」


「君は多少雑に扱っても大丈夫そうだったからね」


「はあー!?」


 アレックスとアリスがそんな漫才を繰り広げる中で、エレオノーラは内心に不安と葛藤を抱えながらも次の講義に向けて進んでいた。


 今日は古代言語学の後の講義は剣術の講義だ。


 アレックスとアリスはその手の体育系の講義を避けていたが、エレオノーラはいくつか取得していた。貴族たるものにはこの手のたしなみも必要だという考えからだ。


 剣術と言っても本気の殺し合いではなく、運動を兼ねたものである。とはいえ、一応講師は元軍人であり、実戦的な剣術に精通している人物だ。


 エレオノーラたちはまずは体操着に着替えて、それから体育館に集まる。


「今日、諸君らに教えるのは──」


 まずは本日訓練する剣術について講師から説明があり、それから模擬戦となるのが講義の流れだ。単位の取得は講師が模擬戦の動きを見て、成績を付けることで決まる。


 ただ、ミネルヴァ魔術学園という魔術の教育機関だけあって教えるのはただの剣術ではない。そう、魔術を組み入れた剣術だ。


 魔術の存在するこの世界においては軍隊で使用される剣術にも魔術が組み込まれることが多い。シンプルな身体能力を向上させる魔術や、剣に魔術を付呪(エンチャント)するものなど。やり方は様々だ。


 エレオノーラはそんな講義に参加していた。


「エレオノーラさん?」


「ガブリエルさん? どうしました?」


 少しエレオノーラがぼうっとしていたのに話しかけてきたのは他でもないガブリエルだった。彼女は学校指定の体育着を纏い、木剣を握ってエレオノーラの表情を窺うようにして彼女の前に立っていた。


「模擬戦、お相手願えませんか?」


「ええ。構いませんよ、ガブリエルさん」


 ガブリエルが求め、エレオノーラが応じる。


「では」


 ガブリエルが木剣を構え、エレオノーラも木剣を構えた。


 模擬戦において魔術の使用は安全の範囲内で許可されている。使ってもいいが加減はしろということだ。


 エレオノーラは木剣を構えながらガブリエルを見る。


 ガブリエルはあの若さで聖ゲオルギウス騎士団の聖騎士(パラディン)だ。それが意味するのは聖騎士(パラディン)としての剣術はもちろん神術についても秀でた、そして実践的な才能があるということ。


 エレオノーラはこれまでガブリエルと模擬戦を行たことはないが、彼女が他の生徒と模擬戦を行うのは見てきた。なのである程度は動きに予想がつく。


「模擬戦、始め!」


 講師が号令を下し、一斉に生徒たちが動いた。


 エレオノーラはまずは魔術を使わずガブリエルの動きを見ることに。ガブリエルは素早く踏み込んできて木剣を振り下ろしてくる。


「やりますね」


 ガブリエルの一撃を守りに徹しているエレオノーラが弾き、エレオノーラは引き続きガブリエルの動きを把握しようとする。


「まだまだです!」


 しかし、それによってガブリエルの猛攻を受けることになった。ガブリエルは次から次に打撃を叩き込み、エレオノーラを押す。


「速い……!」


 エレオノーラはガブリエルが神術による身体能力強化(フィジカルブースト)を使用していることは把握したが、それが分かったところでどうにかなるものでもなかった。


 エレオノーラは次第に押されるがただでやられるつもりはなかった。エレオノーラはガブリエルの攻撃を弾いた直後に捨て身の一撃を放つ。


 ガンとエレオノーラの木剣ガブリエルの太ももに、ガブリエルの木剣がエレオノーラの脇に入った。両者が苦痛に顔を歪める。


「ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 それからふたりはお互いに敬意を払って礼をする。


「すみません。思わずやってしまいましたが、大丈夫でしたか?」


「ええ。大丈夫です。そちらも大丈夫ですか?」


「私は頑丈なのが取柄ですので!」


 エレオノーラが心配するのにガブリエルはそう返す。


「エレオノーラさん。何か悩み事があるんじゃないですか?」


 そこで不意にガブリエルがそう尋ねてきた。


「ずっとどこか上の空でしたし……。エレオノーラさんにはお世話になっているので、私でよければ相談に乗りますよ。問題解決の力になれるかは分かりませんが、話すだけでも話してみませんか?」


「ありがとう、ガブリエルさん。けど、大丈夫ですから」


「そう……ですか?」


「ええ」


 エレオノーラは小さく微笑んでそう言うとガブリエルからそっと離れた。


 エレオノーラ自身、自分が何をどこまで悩んでいるのか分からなかった。彼女は自分の悩みも、それをどう解決するかもわからず、ただただ葛藤を続けていた。


……………………

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