今日も今日とて地下迷宮
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──今日も今日とて地下迷宮
「はー。疲れるう……」
エレオノーラは勝手にアレックスとアリスの間にロマンスようなものがあると思ったようだが、実際にはそんなものは欠片もなかった。
彼らは休日期間中、ただただミネルヴァ魔術学園地下迷宮を攻略してただけなのだ。
「本当に疲れるから困る。思った以上に広いし、戦利品は嬉しいものの重いし、一度行ったら元の出口に戻らなければならないという手間まである!」
運が悪いことにアレックスもアリスもアウトドア派とは言い難いモヤシであった。彼らはひいひい言いながら古い階段を上り下りし、戦利品を運び出しているところだ。
「普通こういうダンジョンには入り口まで戻れる巻物とか魔術とかがあるものだろう! いちいち徒歩で戻らなければならないなんて鬼畜仕様だ! この迷宮は不親切だぞ、アビゲイル女史!」
「うるさいです。そんな魔術、聞いたことないですよ……」
アレックスが元の世界のゲームに出てきたような便利ギミックの存在を問うのにアリスがうんざりしたようにそう言う。
「しかも今日はサタナエルが来てくれていない。彼女はどこへ行ったやら」
「あの人も『アカデミー』の会員じゃないんです? 引っ張ってきてくださいよ」
「君も既に知っての通り、彼女は大悪魔サタンだ。私の命令になど従うはずもない」
「はあ。使えないですね……」
サタナエルは何も言わずにどこかに行ってしまっており、今回の地下迷宮探索には加わっていない。今回はアレックス、アリス、メフィストフェレスだけだ。
「アリス。重いものは私に任せるといい。歩くのが辛いのならば私が抱きかかえよう」
「ああ。ありがとうございます、メフィスト先生」
「気にする必要はない、愛する人よ」
アリスとメフィストフェレスはいつも通り。
「ところでこの戦利品ってなんなんですか? 妙なものがいろいろありますけど……」
「よろしい。説明しよう!」
そこでアリスがアレックスの回収した戦利品なるものについて質問。
「これらの本は魔導書だ。魔導書についてはどれくらい知識があるかね?」
「魔導書ですか? 魔導書って凄い魔術について記された本だって言われているけど実際は偽書ばっかりっていう詐欺みたいな代物ですよね?」
「夢がないが、まあほとんどの場合はその通りだ。一種のオカルト商法でよくよく使用される定番の商品でもある。『この魔導書はかつて大魔術師の何とかさんが記したもので霊験あらたかな~』ってのは決まり文句だ」
「じゃあ、私たちもこれで詐欺でもやるんですか? 勘弁してください」
魔導書は詐欺商法に使われる定番もアイテムだった。実際には何の意味もない古い本を著名な人物の著した本だがとか、凄い奇跡を起こした本だとか嘘八百をついて売りつけるのである。
「詐欺になんてしない、しない。そんなちゃちな悪をやっても恥ずかしいだけだよ。いいかね。ここにある魔導書は本物だよ」
「本物の魔導書……? そんなものあるんですか?」
「本物があるからこそ偽物に人が騙されるんだ。そして、本物の魔導書というのは素晴らしいものである。これには先人たちの知識の蓄積が刻まれており、同時に呪いも刻み込まれている」
「うへえ。呪いですか? なんか持っているの嫌になってきたんですけど……」
「別に噛みついてきたり、7日後に死んだりするものじゃないから安心したまえ」
アリスが実に嫌そうな視線を手に握っている魔導書に向けるのにアレックスがけらけらと笑って言った。
「魔導書の呪いというのはその魔導書を記した人間の研究の集大成だ。彼らは自分たちに一体何ができるのかを追及し続け、その結果を呪いという形で残した。呪いには通常の魔術とは異なる点があるが、分かるかね?」
「呪いは悪魔や死霊を使うことぐらいしか。他に呪いと言えば……付呪ですかね? 付呪はあまり呪い扱いされませんけれど」
「付呪は通常の魔術の範囲だ。呪いというものの特殊性は個人ごとに発動までのメカニズムが異なるはずの魔術がある程度均一化されているという点だ」
魔術は意志によって発動する。水を生み出す魔術において火を消すための水を求める意志と喉を潤すための水を求める意志は異なる意志だが、同一の結果を呼ぶ。そのように意志が重要だった。
「君が呪いを知ったのはどういう経緯かな、アリス?」
「それは確か本で読んだからで……」
「どのような本だった? この学園で使っていたような教科書のように概念的なものが記されているだけのものだったかね? 具体的な手段ではなく、概念論だけが記されたものではなかっただろう?」
「え、ええ。方法についても書いてありました、けど……?」
アレックスがまるで見てきたかのように尋ねるのにアリスがそう答える。
「それは魔術としてあり得ないことなのだ。魔術は個人の意志の力によって行使されるものであり、決まった方法など存在しないのだ。意志とは脳から生まれるものであり、脳の複雑な機能は他者と同一ではない」
「つまり、呪いも意志によるものならば私が読んだような本で学ぶことはできない、と。呪いを発動させる意志が人によって異なるなら、その本は特定の人物にとってしか教えにならないから。でも、呪いは使えましたよ?」
「そう、そこだ。重要なのはそこだ。呪いは魔術と違う点は行使に必要な意志の幅が狭いということだ。しかも、その狭い意志の表明すらも記号的に決定されているという点」
「……あの、さっぱり分からないです」
「説明しよう。呪いは基本的に悪意によって行使される。君の知っている呪いの用途を考えてみたまえ。それらは他者を害したい場合に使うものばかりではないかね? 悪魔を宿した人形を他者に送り付けるものが善意から行われるか?」
「それはないですね」
「炎を生じさせるのは料理のため、周囲を照らすため、温まるため、そして他者を燃やすためと善意と悪意が入り混じっている。それが一般の魔術だ。だが、呪いのほとんどは悪意だけに限定される」
「なるほど。行使に必要な意志の幅が狭いというのは悪意さえあれば機能するから、ということですね。では記号的に表明が決定されているというのは?」
「まず知っておいてほしいのは基本的に人間は他者を攻撃することをためらう生き物だということ。一般的な社会における暴力は言わずもがな、戦場においては兵士ですら他者を傷つけることを本能的に避けようとする」
アリスの続いての質問にアレックスがそう解説を始めた。
「君がもしナイフで君をいじめた生徒を刺せと言われたら、刺せるかね?」
「無理ですね。腕力的にも、精神的にも」
「だが、そんな君も呪いで彼らをナイフで刺す以上のことができた。それは呪いは悪意と敵意の表明を記号で処理したからだ。君の悪意は言わばある種のフィルターを通じて行使された」
アレックスが続ける。
「人形という人型を使うこと。悪魔や死霊という黒魔術の世界の存在を使うこと。呪う相手の髪の毛などの生物としての生を感じさせるものを使うこと。これらによって君の悪意の意志は表明された。人が嫌悪する直接的な流血を認識させずに」
「ははあ。なるほどですね。納得です」
「よって呪いは方法が伝えられるのだ。この魔導書も同様。ここに記され、刻まれているのも悪意によって行使される攻撃的なものであり、記号によって欺瞞されたものである、というわけである」
「魔導書は呪いを行使するための道具ってことでいいですか? 私の人形みたいなものだと考えても?」
「構わない。ただ人形を使った呪いよりも高度だ」
本物の魔導書には悪意さえあれば誰でも使える魔術たる呪いが刻まれており、道具のようにそれを使うこともできる。それがこの話の結論だ。
「けど、そんな魔導書を集めるということは誰かを攻撃するんです?」
「そうとも! 我々を邪魔するものは全て倒す! それだけだっ!」
「はあー。また面倒くさそうな……」
「『アカデミー』に栄光あれだよ、アリス。さあ、頑張って潜れるだけ潜ろう」
「はあああ……」
そしてアレックスたちは引き続き地下迷宮を探る。
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