第87話 「それぞれの反攻」
空の魔法陣が完成するまで、理央の試算で、残り六時間。
その六時間の世界を、駆け足で記録する。全部の持ち場を書けば、それだけで一冊になるからだ。
――ジュネーブ。UNIT-X統合司令部(仮設)。
司令部中枢を門に変えられた世界連合は、しかし、崩壊しなかった。理由は単純で、彼らには「紙」があったからだ。指揮系統が三つ沈黙した場合の代替系統も、通信が死んだ場合の伝令手順も、全部、退屈な文書に書いてあった。ヴォルフは防衛網の「機械」を裏返したが、「手続き」までは裏返せなかった。事務総長は仮設テントで宣言した。「本部が焼けても、約束は焼けない。――全軍、反攻計画『ドーン』を発動する」
――国会議事堂。
地下壕に移った国会は、史上最短の審議を行っていた。議題は「特措法・緊急改正」。レオン・アークライトの無詠唱魔法の使用を、法的に位置付ける一条である。壇上の大神一徹は、三分で演説を終えた。
「――一年前、わしらは『彼の拳は合法か』を三週間議論した! 今日は『彼の魔法は合法か』を一時間で決める! 成長したもんだ、この国会も!! 諸君、あの少年が魔法一つ使うたび違法だ何だと言われんように、法の側から、迎えに行こうではないか!!」
起立採決、全会一致。所要五十八分。氷雨は地下壕の隅で条文を確認し、「……間に合った」と、一度だけ、天井を仰いだ。
――王国、王都アルディア。
摂政ヴォルフ不在の王城で、王女フィリアの声が響いていた。彼女は日本側の門から、王国全土へ「玉音」を放送していた(あかりが機材を組んだ。異世界初のラジオ放送である)。
『――王国の民よ。摂政ヴォルフの叛意、ここに明白なり。されど、恐れることはありません。わたくしは学びました。王が偽っても、国は偽らない方法を。……王国騎士団の残存全部隊に命じます。摂政派を拘束なさい。ただし――裁くのは、剣ではありません。帰国の後、法廷を開きます。王国史上初の、公開の裁判を。それが、新しい王国の最初の仕事です』
王都の空に、王女の旗と共に、もう一つの旗が掲げられた。急ごしらえの、六法全書を意匠にした旗だった(デザイン:あかり。「かっこよくない?」)。
――東京。
美咲は最後の避難区画を空にし、真琴は王女の放送設備を守り抜き、麗華は白鳥の全ヘリを反攻の輸送に投じ、陽菜の炊き出しは反攻部隊の胃袋を支えた。理央は魔法陣の解析を続け、中心点の「祭壇」の構造を突き止めた。与太郎さんは――避難所を回り、三席ずつ、落語をかけ続けた。「決戦の日ぃほど、笑いの補給がいるんや」
そして、リリスは。
彼女は、単身、新宿へ向かう魔王軍残余――八万の前に、立った。
(第87話・了)




