第85話 「魔拳一体」
夜明けの東京に、反撃の狼煙が上がった。
狼煙を上げたのは、対処本部でも、UNIT-Xでもない。あかりのチャンネルだった。埠頭の空き地に「そっと置かれた」ワイバーン二十頭の映像に、彼女は、震える指で、短い一文を添えて世界へ流した。
『レオンさんが、戻ってきた。今までで一番強くて、今までで一番、優しいままで』
――俺は、豊洲から新宿へ、走っていた。
ゲオルグの防衛線が、七時間の激戦の果てに、限界を迎えつつあったからだ。魔兵の第三波、約八千。騎士団と機動隊は駅前で背中を合わせ、半径二百メートルまで押し込まれていた。
その戦場の上空に、俺は――跳んだのではなく、「立った」。
思っただけで、足の下に、光の足場が編まれる。無詠唱とは、そういうことだ。詠唱も、印も、杖もいらない。思考の速さで、魔法が形になる。十二年間、災厄でしかなかったその速さが、今は――拍子になる。武道の拍子に、魔法が乗る。
「(相棒。手筈通りだ。派手にやるぞ。……ただし、俺たちの流儀でな)」
内側で、光が頷いた。
――第一手。防壁。
崩れかけた防衛線と魔兵の間に、金色の光の壁が、二百メートルにわたって立ち上がった。押し込まれていた騎士団が、どよめく。壁は、敵を潰さない。ただ、隔てる。守りの第一義は、殺傷ではなく分離だと、この国の機動隊の盾に教わった。
第二手。分断。
光の壁が、生き物のように形を変え、八千の軍勢を、幾何学的に、二十の区画に切り分けていく。理央の言葉を借りれば「群体の戦術的無力化」。ヴォルフの駒の強みは連携だ。なら、連携できない形に、盤面ごと編み変える。
そして、第三手。
――拳。
俺は、足場を蹴って、分断された敵の只中に降りた。ここからは、魔法は使わない。使うのは、七年の修行と、一年の「壊さない稽古」で練り上げた、俺の拳だけだ。
区画の一つを、正拳と投げで、崩す。壁が開き、次の区画へ道が通る。道を、拳で駆け抜ける。また壁が動き、次の道が開く。……魔法が活路を編み、拳が決着をつける。編んでは、決める。開いては、punching抜ける。
後にUNIT-Xの戦術教範に「魔拳一体」の名で載る戦闘様式の、これが初陣だった。
教範の記述は、こうなる。
『魔法による経路構築と、体術による確実な無力化の連環。特筆すべきは、全工程を通じ、殺傷及び周辺構造物の破壊が最小である点にある。本様式は、火力の思想ではない。――導線の思想である』
――四十分後。
新宿駅前の八千の軍勢は、光の壁に区画整理されたまま、全区画、沈黙した。
防衛線の騎士たちは、しばらく、声も出なかった。やがて、満身創痍のゲオルグが、大剣を杖に、大声で笑い出した。
「……はっ、はっはっは!! レオン殿!! 貴殿、魔法まで『そっと置く』流儀か!!」
「他の使い方を、知らんのでな」
「結構!! 実に結構!! ――皆の者、見たか!! あれが我らの英雄である!! 魔法を取り戻してなお、拳で決めよった!! あの御仁は最後まで、我らと同じ地べたで戦う男ぞ!!」
騎士団の雄叫びが、朝の新宿に轟いた。
――その声を、世界が聞いていた。
あかりの中継は、四十分間、一秒も途切れず世界に流れていた。視聴数は、二億を超えていた。折れかけていた各地の戦線で、兵士たちがスマホを回し見て、立ち上がった。ジュネーブで、カイロで、サンパウロで、同じ言葉が、あらゆる言語で叫ばれた。
――レオン・アークライト、健在。
人類は、まだ、負けていない。
(第85話・了)




