表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法を捨てた最強格闘家、現代日本へ ~異世界最強なのに法律では最弱でした~  作者: 伝説の男前
最終部 無詠唱魔法解禁編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/107

第84話 「思考は、乱れない」

 水底から浮上した俺を待っていたのは、現実の、光の奔流だった。


 柱は、まだ立っていた。俺の中から溢れる魔力が、行き場を探して、天と海を軋ませていた。埠頭のコンクリートが浮き上がり、海水が渦を巻いて逆巻き、大気が悲鳴を上げる。……ここからだ。ここからが、十歳の冬と同じ分かれ道だ。溢れる力に飲まれるか。飲まれずに、立つか。


 俺は――目を、閉じた。


 そして、稽古を、始めた。


 息を、細く、長く。舌先を上顎に。花粉の春に、くしゃみを殺した、あの呼吸。


 肚を、据える。笑いながら、湯呑みの茶を揺らさなかった、寿限無の稽古の肚。


 心の畳み方。今夜の恐怖を、一枚ずつ、畳んで、仕舞う。怖がるな、とは言わん。怖いまま、静かにおり――師匠の声の、通りに。


 そして最後に、隣の相棒へ、話しかける。命令ではなく、対話を。


「(……広いだろう、外は)」


 光が、俺の内側で、頷いた気がした。


「(慣れるまで、俺の拍子に合わせろ。……武道の拍子だ。悪くないぞ)」


 ――光の柱が、ゆっくりと、細くなった。


 暴れていた奔流が、呼吸のたびに、俺の輪郭の内側へ、畳まれていく。吸って、納める。吐いて、鎮める。荒れ狂っていた海面が、凪いでいく。浮いていた瓦礫が、静かに、地に降りる。


 夜明けの埠頭に、やがて――静寂が、戻った。


 柱は、消えていた。


 そこに立っていたのは、化け物でも、光の塊でもなく――ただの、俺だった。左腕に、輪の日焼けの痕だけを残した、十七歳の俺だった。


 ……遠くの防衛線から、無線が、恐る恐る、開いた。


『……レオン? 生きてる? ……あなた、今、何ともないの?』


 美咲の声だった。俺は、自分の両手を見た。それから、内側の相棒に、一つ、確認をした。相棒は、静かだった。凪いだ水面のように。


「――ああ。何ともない」


 俺は、無線に、言った。


「思考は、乱れない。……武道が、心を鍛えた」


 ――だが、感傷に浸る時間は、三十秒だけだった。


 吹き散らされたワイバーンの残りが、上空で再集結しつつあった。二十頭余り。避難列は、まだ豊洲にいる。防衛線は、まだ限界のままだ。


 俺は、埠頭の突端で、群れを見上げた。


 さて。……十二年ぶりの、解禁だ。


 思っただけで、発動する魔法。夢で城をプリンに変え、くしゃみで山を入れ替えた、災厄の力。それを今、俺は、生まれて初めて――「意志で」使う。


 思い浮かべたのは、派手な破壊ではなかった。


 思い浮かべたのは――「そっと置く」だった。


 俺の一年間の、日本での戦いの全部。畳の上げ方。壊さない稽古。正当防衛の五箇条。何を壊し、何を壊さないかを毎秒選び続けた、あの九十秒。……俺の魔法の初仕事に、それ以外は、あり得なかった。


 ――夜明けの空に、金色の光が、咲いた。


 二十頭のワイバーンが、一頭ずつ、見えない大きな手に包まれるように、ふわりと、空中で止まった。暴れる翼が、光の中で、ゆっくりと鎮まる。そして群れは、そのまま音もなく運ばれ、埠頭の空き地に、一頭ずつ、順番に――そっと、置かれた。


 最後の一頭を置き終えた時、豊洲の防衛線から、どよめきが上がった。機動隊員が、市民が、呆然と空を指していた。あかりのチャンネルに、世界中から同じ書き込みが、何万件も流れた。


『今の、何?』『魔法……?』『こわくない』『なんで泣けるんだろう、これ』『――きれい』


 破壊の夜の果てに、東京の夜明けの空に咲いたのは、誰も傷つけない魔法だった。


 ……相棒が、俺の内側で、少しだけ、誇らしげにしている気がした。


「(上出来だ。……なあ、相棒。この調子で、頼みたいことが山ほどある)」


 俺は、東の空を見た。罅割れの向こう、雲の果て。十二年分の水瓶を抱えた老魔導師が、最後の仕上げに動き出す、その方角を。


「(――世界を、取り返しに行くぞ)」


(第84話・了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ