第81話 「空が落ちる夜」
後の歴史書は、この夜を「長い夜」と、ただそれだけ記す。
数字で書けば、こうなる。世界同時開門、百七か所。うち七か所は、各方面軍司令部の内側。魔兵総数、推計八十万。魔神級、確認されただけで九体。UNIT-Xの指揮系統は開戦十七分で三系統が沈黙し、世界の防衛網は、設計者自身の手で、内側から裏返された。
だが、この夜を生きた俺たちにとって、それは数字ではなかった。
――東京。午前四時。
罅割れた空の下、街は、それでも戦っていた。
美咲は湾岸で、七度目の避難誘導を指揮していた。氷雨は官邸の地下で、通信の生きている自治体へ、緊急政令を流し続けていた。あかりのチャンネルは、テレビ局が沈黙する中、都内で唯一の生きた情報網になっていた。陽菜の避難所は三千人が五千人になり、麗華のヘリは弾切れの機動隊へ盾を運び、真琴は王女とともに、地下シェルターへの最後の搬送を守っていた。
騎士団は、ゲオルグを先頭に、新宿駅前で防衛線を張っていた。「――ここは通さぬ!! この街の駅は、それがしらの牛丼屋への道である!!」。理屈は無茶苦茶だったが、士気は天を突いていた。
そして、俺は。
――俺は、弱かった。
収奪は、続いていた。白熱する腕輪は、俺が力を振るうそばから、その力を汲み上げていく。魔兵を十体崩す間に、魔神級一体分の魔力が、俺の中から敵の水瓶へ流れていく。戦えば戦うほど、敵が強くなる。俺の一撃は、いつもの三割も出ていなかった。
「レオン、下がって!! あなたは今、戦っちゃ駄目!!」
理央の声が、無線で叫んでいた。
「戦うだけ敵に塩を送ってる!! 収奪の流量、あなたの戦闘中は二倍になるの!!」
「……下がって、どうする」
俺は、魔兵の槍を捌きながら、答えた。声が、我ながら、掠れていた。
「俺が下がった穴は、誰が埋める。ゲオルグか? 美咲か? ……みんな、とっくに限界だろうが……!!」
「でも、このままじゃ……!!」
わかっていた。理央が正しい。俺の存在自体が、今、この戦場で最悪の兵站になっている。守るために振るう拳が、敵の刃を鍛えている。……一年前、法廷で氷雨が守り抜いてくれた「俺の拳の正しさ」が、今夜、根こそぎ裏返されていた。
――そして、午前四時五十分。
最悪の報せは、いつも通り、最悪の瞬間に来た。
『――こちら湾岸署、九条!! 応援要請!! 豊洲の避難列にワイバーン三十、防衛線が抜かれた!! 機動隊は弾が――』
無線が、途切れた。
(第81話・了)




