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魔法を捨てた最強格闘家、現代日本へ ~異世界最強なのに法律では最弱でした~  作者: 伝説の男前
第四部 世界防衛編

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第78話 「それぞれの持ち場」

 「十二の朝」の東京を、最前線の外側から支えた者たちがいる。


 これは、その記録である。


 ――午前五時〇四分。九条美咲。


 湾岸署の避難誘導本部で、彼女は無線を三台、同時に捌いていた。


「江東方面、避難ルートBに切り替え! 高齢者施設の搬送車を優先! ――違う、そこの橋は報道車両で詰まってる! Cへ! ……報道各社に通達! 撮るなとは言わない、けど橋を塞いだら全員検挙!!」


 一年前、彼女は「異世界人の保護担当」だった。今、彼女の避難計画は都の標準手順になり、彼女の怒鳴り声は、七十万人を魔神の進路から退かせた。避難完了報告の無線に、彼女は一言だけ返した。「……よし。全員、生きて帰るわよ」


 ――午前六時三十分。一ノ瀬氷雨。


 官邸の対策本部で、彼女は法律を「戦わせて」いた。


「魔神級の進路上の民間石油タンク、緊急廃棄の法的根拠――災対法百十五条系でいけます、政令はこの文案で! 補償は特措法十九条、疑義があっても後で私が全部背負う、まず判を!」


 閣僚が唸った。「一ノ瀬先生、あなた一人で法制局三個分だ」。彼女は眼鏡を押し上げて返した。「三個分の責任も取ります。急いで」


 ――同時刻。如月真琴。


 彼女は王女フィリアの傍らにいた。要人警護、ではあった。だが今日の王女は、避難所を回ると言って聞かなかったのだ。「王族が地下壕に籠もる姿は、民の心を折ります」。真琴は反対しなかった。かわりに、王女の三歩後ろの完璧な死角を、八時間、歩き続けた。避難所で子供に囲まれる王女の背後で、彼女の目は一秒も休まなかった。警護日誌にはこうある。『本日の脅威:魔兵、群衆事故、飛来物、過労。すべて排除。殿下は今日、千二百人と握手をした』


 ――午前七時〇〇分。星乃あかり。


 彼女は、自分の部屋から「もう一つの戦線」を支えていた。情報戦線である。


 開戦一時間で、SNSはデマの洪水になった。「魔神は放射能を撒く」「○○区はもう全滅した」「政府は見捨てた」。あかりは、一年かけて築いた発信網――登録者八百万の防災チャンネル――で、確認済み情報だけを、五分おきに流し続けた。避難所の位置。開いている道。閉じた道。「レオンさんは今、湾岸で戦ってます。映像はこれ。生きてます。だからみんなも、生きて」。総務省の後日の分析によれば、この日の彼女のチャンネルは、パニックによる二次被害を「数千人規模で」防いだという。


 ――午前九時。朝比奈陽菜と、白鳥麗華。


 最大の避難所となった都立体育館で、陽菜は三千人分の炊き出しの指揮を執っていた。あさひな食堂の看板娘は、いつの間にか、災害食のプロになっていた。「お味噌汁は熱くしすぎない! 子供が並んでます! おにぎりは小さめ、数は多め!」。その隣で、麗華は白鳥グループの物流網を丸ごと避難所に接続していた。「毛布二万枚、三十分で着けさせますわ。ヘリで。……費用? 全額白鳥持ちに決まってますでしょう。今のうちに徳を積んでおきますの」


 ――そして、午前十時。桂与太郎。


 六十五歳の噺家は、体育館の壇上に、座布団一枚で上がった。


 魔神の足音が、遠く、地鳴りのように響く避難所で。泣く子と、青ざめた大人たちの前で。老人は、深々と一礼して、言った。


「――えー、こない騒がしい日ぃに、寄席にようこそお運びで。木戸銭はタダ。そのかわり、笑うんも、タダでっせ」


 彼は二席やった。地鳴りが一番強くなった時、老人は噺を止めず、ただ「間」を半拍だけ延ばした。客席は、噺から離れられなかった。恐怖より、次の落ちが気になる。そういう芸だった。……後に与太郎は、この日の高座を生涯の代表作に挙げている。「客の命がかかっとる高座なんぞ、二度とやりとうないけどな」と付け加えて。


 ――夕刻。魔神崩壊の報が届いた瞬間、体育館は、泣き声と歓声で割れた。


 その夜、俺は、埃まみれのまま与太郎邸に帰った。仲間たちも、三々五々、集まってきた。誰もが、出がらしのように疲れていた。誰もが、自分の持ち場を守り切った顔をしていた。


 陽菜が残り物で雑炊を作り、全員で、囲んだ。


「……なあ」と、俺は言った。「今日、俺は魔神を一体崩した。だが、七十万人を逃したのは美咲だ。法の壁を壊したのは氷雨だ。デマの洪水を堰き止めたのはあかりだ。……俺の四十一分は、みんなの八時間の上に乗ってただけだ」


「なによ、急に」と美咲。


「いや。……国連で偉そうに言ったことが、本当だったと思ってな。強さってのは、選択肢の数だ。――今日のこの国は、俺の知る限り、世界で一番強かった」


 ――その、静かな夜に。


 テレビが、速報を告げた。


『UNIT-X上級学術顧問のヴォルフ氏が、明日、来日します。氏は「十二の朝」を受け、「英雄レオン・アークライト氏の腕輪の緊急点検と、重大な発表を行う」と……』


 茶の間の空気が、止まった。


 俺は、雑炊の椀を、静かに置いた。


「……来るか」


 三ヶ月の芝居の、幕切れが。


 あるいは――最終幕の、開演が。


(第78話・了)

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