第74話 「外すか、着けるか」
与太郎邸に帰った俺を、仲間たちは、何事もなかったように迎えた。
陽菜は黙って飯を三杯よそい、あかりは「おかえり! 山ごもり系動画撮ってきた!?」とふざけ、美咲は「無断外出の件、始末書ね」と紙を突き出し(特別対処員の職務規程上、本当に必要らしい)、真琴は「五日と七時間、位置は把握していました」と真顔で言った。探さないでくれとは書いたが、把握するなとは書いていない。猟犬に書き置きは無意味だった。
――そして、その夜。「腕輪会議」が開かれた。
議題は、単純にして、究極だった。
外すか。着け続けるか。
「選択肢を整理する」と理央がホワイトボードに書いた。
「案A、着け続ける。現状維持。敵への供給は続く。ただし理性的に見れば、供給量は私の妨害術式で三割まで絞れる見込みが立った。時間は稼げる。でも、根本解決にならない。あの爺さんの『仕上げ』が何であれ、水瓶は満ちていく」
「案B、外す。供給は完全に止まる。敵の計画の心臓を止められる。……ただし」
理央は、マーカーを置いた。
「レオンの無詠唱魔法が、十二年ぶりに、野に放たれる。思考=発動。夢=発動。くしゃみ=発動。……十歳の時とは魔力の総量が桁違い。試算では、悪夢を一つ見るだけで、山手線の内側が『プリン』になり得る」
「プリンは比喩よね?」と美咲。
「実例なの、それが」とセリス。「領主の城が甘くなったって、王国の歴史書に載ってるわ」
「実例なの!?」
「案C」と、リリスが続けた。「外した上で、制御する。装置に頼らず、己の心で堰を作る。……言っておくが、これは『できたら奇跡』の類だ。無詠唱の反射を意志で抑えるなど、三百年の魔界史にも例がない」
座敷が、静まった。
――例がない。その言葉を聞いた時、俺の中で、いくつかの声が、順番に蘇った。
前例がないなら、作ればいい――氷雨の声。
反射で出るもんを、修行で御せるようになる。それはな、『反射で出る魔法』にも、いつか効くかもしれん、いうことや――花粉症の春の、与太郎さんの声。
俺は、手を挙げた。
「――案Cで行く」
「……根拠は?」と氷雨。彼女の質問は、いつも通り、情け容赦がなかった。「奇跡を作戦計画には組み込めない。実現可能性を示しなさい」
「根拠は三つある。一つ。俺はくしゃみを、呼吸法で殺せるようになった。反射は、修行で御せる。実績がある」
「くしゃみと無詠唱魔法じゃ、規模が違うでしょ」
「二つ。規模の問題なら、段階を踏む。理央の妨害術式で流量を絞りながら、腕輪を『少しずつ緩める』ことはできるか?」
「……できる。外殻の封印強度は、七段階で調整可能な構造だった。つまり、補助輪を一段ずつ外す方式ね。……あり、かも」
「三つ目は?」
「三つ目は――」
俺は、座敷を見回した。全員の顔を、順番に見た。
「――ここに、世界最高の教官が揃ってる。反射の殺し方を知る噺家。魔力制御の理論を組める科学者。三百年の魔法の目利き。聖属性で暴走を中和できる勇者。俺を三分で見つける猟犬。手続きを固める法律家と警察官。……こんな道場、二つの世界のどこにもない」
沈黙のあと、与太郎さんが、にやりと笑った。
「……ほな、決まりやな。明日から、うちは『無詠唱魔法制御道場』や。月謝はコロッケでええで」
「ただし」と氷雨が釘を刺した。「並行条件がある。ヴォルフに『気付かれていない』状態を維持すること。こちらが腕輪の正体を知ったと悟られたら、あの男は仕上げを前倒しする。……レオン、あなた、明日から任務に復帰しなさい。そして今まで通りの顔で、あの男に会うの。恩人に向ける顔で。――できる?」
恩人に向ける顔。
……一番、難しい修行かもしれなかった。
「……ああ。やる。役者の稽古も、師匠に付けてもらう」
「芝居はワシの本業の隣や。任しとき」
――こうして、二正面の日々が始まった。
表では、特別対処員レオン・アークライトが任務に復帰し、世界の空を守る。
裏では、廃寺を改装した秘密の道場で、人類と魔族の英知を結集した、前例のない修行が始まる。
目標はただ一つ。
――腕輪なしで、俺が、俺の魔法の「主」になること。
(第74話・了)




