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魔法を捨てた最強格闘家、現代日本へ ~異世界最強なのに法律では最弱でした~  作者: 伝説の男前
第四部 世界防衛編

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第73話 「山の上の説教」

 西の山中に、その廃寺はあった。


 地図で選んだわけではない。街を出て、人の気配から遠ざかるように歩き続け、気付いたら、そこにいた。崩れかけた山門。傾いだ本堂。裏手に、湧き水。……なぜか、初めて来た気がしなかった。


 俺はそこで、五日間、「消える」練習をしていた。


 理央の言葉が、頭から離れなかったからだ。――感情が動くだけでも、樋は流れる。笑っても、怒っても、守りたいと願っても。


 なら、動かさなければいい。


 座禅を組み、呼吸を殺し、心を平らに、平らに、削っていく。嬉しくない。悲しくない。誰の顔も思い出さない。何も願わない。……武術の瞑想の技法を、俺は、自分を消すために使い始めていた。


 六日目の朝、その男は、当たり前の顔をして山門に立っていた。


「――おう。ええ寺、見つけたやないか」


 風呂敷包みを背負い、木刀を杖代わりにした、着流しの師匠が。


「……与太郎さん。書き置きに、探すなと」


「探してへんで。知っとっただけや」


 与太郎さんは、勝手に本堂に上がり込み、勝手に荷を解き始めた。


「ここはな、天堂寺鉄山の寺や。……天堂寺、いう名字の意味、考えたことなかったんかいな。大師匠の生家の寺や。ワシも若い時分、師匠に連れられて、二へん来た。……あんた、誰にも教わっとらんのに、ここへ来たんやろ」


 俺は、答えられなかった。


「……拳が、覚えとんのや。あんたの拳の系譜が、な。帰る場所をな」


 ――それから与太郎さんは、説教をしなかった。


 一日目、寺の掃除をした。俺にも箒を持たせた。二日目、湧き水で飯を炊き、山菜を摘んで、味噌汁を作った(味噌は風呂敷から出てきた。陽菜ちゃん特製だという)。三日目の夜、囲炉裏の火の前で、誰もいない本堂に向かって、落語を一席やった。「寿限無」だった。俺は、笑わないように、必死で堪えた。感情が動けば、樋が流れる。堪えて、堪えて――


「――兄ちゃん」


 噺を終えた師匠が、火の向こうから、静かに言った。


「あんた、今、ワシの寿限無を、笑わんように堪えたな」


「……ああ」


「そうか。……ほな、聞くで。あんたが今やっとるその修行はな、『自分を殺す』修行や。心を止めて、願いを止めて、レオン・アークライトを空っぽにする。……なあ、兄ちゃん。空っぽになったあんたは――誰や?」


 火が、爆ぜた。


「教えたるわ。空っぽのあんたはな、『ただの魔力の樽』や。抵抗せえへん、願いも持たへん、飼いやすい飼いやすい、上等の水瓶や。……それはな、あの魔導師の爺さんが、十七年かけて作ろうとして――作りそこねたもんや」


「作り、そこねた……?」


「せや。考えてみい。あの爺さんの畑の設計図通りなら、あんたは今頃どうなっとるはずや? 魔法を封じられ、剣に裏切られ、居場所ものうて、力だけ溜め込んだ、空っぽの化け物や。恨みと絶望で満タンの、極上の燃料タンクや。……ほんで、実際のあんたは、どないなった?」


 与太郎さんは、指を折り始めた。


「剣に裏切られたら、拳を選びよった。拳を選んだら、大陸中の師匠に可愛がられよった。異世界に落とされたら、ラーメンに感動して、婆さんの荷物を運んで、定食屋を建て直して、竜の首輪を外しよった。……なあ、兄ちゃん。竜の首輪を外す英雄なんぞ、どこの設計図に描いてある? あれはな、あんたが自分で描いた線や」


「……だが、俺の才能も、腕輪も、始まりから全部、あいつの畑で」


「――畑はな、種を蒔けても、育ち方までは決められへんのや!!」


 初めて聞く、師匠の大声だった。本堂の埃が、震えた。


「ええか。道具に罪はあっても、積み上げた拳に罪はない。あんたの十七年は、あの男の筋書きやない。筋書きの上で、あんたが一歩ずつ選んだ、あんたの道や。……蒔いた種の責任は、蒔いた奴にある。育った木の枝ぶりはな、木のもんや。誰にも――種を蒔いた本人にすら、渡したらあかん」


 俺の中の、膜が。


 三日three日、必死で張り続けた薄い膜が――音を立てて、破れた。


「……与太郎、さん。俺は……俺の戦いが、全部、あいつの水汲みだったのが……悔しくて」


「おう」


「守ったつもりが、全部……」


「おう。悔しいなあ」


「……悔しい……!」


 俺は、囲炉裏の前で、みっともなく、泣いた。十七年分、泣いた。師匠は何も言わず、火に薪をくべ、弟子の情けない声を、朝まで聞いていてくれた。


 ――夜が明けて。


 寺の裏の空き地で、師匠と弟子は、木刀と素手で、一本、立ち合った。


 感情を殺した五日間の俺の動きは、我ながら、死んでいた。泣き腫らした目で構えた今朝の俺の動きは――生きていた。樋が流れる? 流れればいい。汲まれた分ごと、取り返しに行けばいい。


「……ええ顔になったやないか」


「師匠のおかげだ」


「アホ。寿限無のおかげや。……ほな、帰ろか。晩飯に間に合うで」


 帰り道、俺は聞いた。


「与太郎さん。あんた、なんで俺の居場所が、本当にわかったんだ」


「せやから、言うたやろ」


 師匠は、前を向いたまま、笑った。


「――弟子の帰る場所を知っとるのが、師匠や」


(第73話・了)

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