第71話 「腕輪の真実」
解析は、理央の研究室で、日没から始まった。
俺は白い測定台に左腕を置き、その周りを、機材の森が囲んだ。理央が組み上げた観測アレイ。リリスが椅子に座り、目を閉じて知覚を澄ませる。セリスは聖剣を抜き身で膝に載せ、刃に宿る聖属性の共鳴を「音叉」として使った。隣室のモニターには、ガレスの供述調書の該当箇所が、常に表示されていた。
誰も、無駄口を叩かなかった。夜食の差し入れに来た陽菜も、お茶を置くと、黙って帰った。
――深夜二時。理央が、最初の異変を口にした。
「……外殻の術式、解けた。これは本物の封印具よ。思考と魔力の接続を遮断する構造。ヴォルフの説明通り。教科書に載せたいくらい、誠実な設計」
「なら――」
「待って。……その内側に、もう一層ある」
理央の指が、止まった。モニターの三次元図の中で、腕輪の断面が、ゆっくりと回転していた。外殻の下に、それは、あった。無数の、毛細血管のような、極細の回路。
「リリス、視える?」
「……ああ。視えている」
元魔王は、目を閉じたまま、低く言った。
「外の殻は『堰』だ。だが内側のこれは……『樋』だな。堰き止めた水を、決まった量だけ、決まった先へ流す仕掛けだ」
「セリス、共鳴の反応は」
「……出てる。樋の先端――腕輪の外に漏れていく魔力の『波形』に、署名がある。整形されてるの。ただ漏れてるんじゃない。……刻印を打たれて、出荷されてる」
午前四時十七分。理央は、全てのデータを突き合わせ終えた。
彼女は、しばらく、画面を見ていた。それから機材の電源を、一つずつ、丁寧に落とした。何かを先延ばしにするような、その手つきで、俺は察した。
「――理央。言ってくれ。全部だ、と言ったはずだ」
「……うん」
彼女は、俺に向き直った。泣くのを堪える顔で、しかし、科学者の声で、言った。
「結論。この腕輪は、封印具じゃない。……封印具の皮を被った、収集装置よ」
「仕組みは、三段。一段目、外殻があなたの無詠唱魔法を本当に封じる。あなたと周囲を守る。ここは嘘じゃない。だから十二年、誰も疑わなかった。二段目、内側の樋が、封じた魔力を少しずつ抜き取る。あなたが『漏れ』だと思ってたもの――剣を折ってきた金属疲労は、抜き取りの排気だった。三段目、抜かれた魔力は署名を刻まれて放出されて……世界中のアンカーが、それを拾う。裂け目はぜんぶ、あなたの署名の魔力を『鍵』にして開いてる」
「……戦闘中に、腕輪が熱くなるのは」
「収集効率が上がるから。あなたが本気を出すほど、感情が昂ぶるほど、堰の内側の水位が上がって、樋の流量が増える。……レオン。あなたが世界を守るために強く戦うたび、この装置は」
「――敵に、燃料を送っていた」
理央は、答えなかった。答えないことが、答えだった。
沈黙の中で、リリスが、静かに補足した。
「……付け加えておく。ヴォルフ自身の腕にあるという古い腕輪。おそらく、これの原型だ。奴は他人に試す前に、自分で試している。あの男の底知れぬ長命と魔力……あれは自分の腕輪で、何かを溜め続けた結果だろう。五十年や百年ではきかん。……そしてな、レオン・アークライト。一番言いにくいことを言うぞ」
リリスは、目を開けた。三百年の目が、俺を見た。
「お前の『無詠唱魔法』という才能そのものが、天与のものかどうか、疑う余地がある。あれほどの収集装置を設計できる男が、都合よく『歴史上唯一の無限魔力炉』の傍に、偶然いたと思うか? ……お前の家系、お前の生誕、お前の才能。どこからが、あの男の畑だったのか。――もう、誰にも分からん」
夜が、明けようとしていた。
研究室の窓の外で、空が白み始めていた。
俺は、自分の左腕を見た。十二年間、俺を守ってくれていると信じてきた、じいちゃんの温もりの記憶ごと嵌まっている、銀の輪を。
「……そうか」
自分の声が、ひどく遠くで聞こえた。
「――俺が、火元か」
(第71話・了)




