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魔法を捨てた最強格闘家、現代日本へ ~異世界最強なのに法律では最弱でした~  作者: 伝説の男前
第四部 世界防衛編

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第69話 「駒の遺言」

 ガレスの聴取は、東京の特別収容施設で行われた。


 特措法が定める「異界性人被疑者」の第一号収容者である。房の壁には理央の遮断装置が並び、隣室ではリリスが常駐して、口封じの呪いの「再起動」を見張った。三百年の魔力知覚が、二十四時間、一人の男の心臓を守っている。皮肉な話だった。守られている本人が、一番その皮肉を噛み締めているようだった。


「……儂を守って、何になる。ヴォルフ様は、駒を取り戻しには来ませんぞ」


「取り戻しに来るとは思っていない」と、聴取に同席した氷雨が言った。「あなたの供述が欲しいだけ。……取引をしましょう、ガレスさん。日本の司法制度には、協力した被疑者への配慮がある。制度の中で、できる限りのことをする。だから――三十年分、話してもらいます」


 ガレスは、長いこと、天井を見ていた。


 やがて、乾いた声で、話し始めた。


「――三十年前、儂は騎士団の従士だった。爵位なし、後ろ盾なし、剣の才は中の上。出世の目のない、有象無象の一人よ。……ある夜、儂は伝令の任で、宮廷魔導師の塔に入った。そして、開いていた書斎の扉の奥で、見てしまった」


「何を」


「壁一面の……図面をだ」


 ガレスの目が、あの夜の恍惚を、もう一度だけ、宿した。


「二つの世界の地図が、重ねて描かれておった。王国と、もう一つの見知らぬ世界。その両方に、点と線が張り巡らされ――点は門、線は魔力の流れ。そして図面の中心に、一つの装置の設計図があった。美しい、腕輪の意匠の」


 部屋の空気が、張り詰めた。誰も、俺の左腕を見なかった。見ないように、していた。


「ヴォルフ様は、儂に気付くと……怒りもせず、笑われた。『見てしまったか。ならば、選べ』とな。忘れて有象無象に戻るか。図面の駒になるか。……儂は、駒を選んだ。三十年、後悔したことはない。あの図面の中でだけ、儂は『意味のある駒』だったのでな」


「あなたの任務は」


「時代によって変わった。初めの十年は、王国内の掃除よ。ヴォルフ様の研究に近づく者、古い記録を漁る者……穏便に、遠ざけた。次の十年は、戦争の管理。魔王軍への『補給』の実務は、儂がやった。和平の芽を摘む工作もな。……ああ、元魔王殿。隣で聞いておられるのだろう。あんたの講和の使者を消したのは、儂の下の者どもだ。恨むなら、いくらでも」


 隣室のリリスは、何も言わなかった。ただ、監視装置の数値が、一瞬だけ、跳ねた。


「そして、この十年は……『収穫』の準備だ。門の座標調べ。錨の設計試験。素材の調達網づくり。……英雄殿が魔王を倒した時は、正直、肝が冷えたぞ。戦争という燃料炉が消えるのだからな。だが、ヴォルフ様は笑っておられた。『構わぬ。炉はもう、十分に温まった。あとは運ぶだけよ』と。……その半年後だ。凱旋式の空が、裂けたのは」


「――つまり、レオンの転移は」


「筋書きだ。最初から、最後までな」


 ガレスは、俺を、まっすぐに見た。


「英雄殿。貴殿は『落ちた』のではない。『送られた』のだ。あの豊かで、魔力のない、無防備な世界へ。……何のためかは、儂も知らん。あの御方は、駒に図面の全部は見せぬ。だが、一つだけ、確かなことがある」


「……言え」


「計画の中心は、いつも、貴殿の腕輪だった。三十年前の書斎の図面の中心にあったのも、あの意匠。……そして、もう一つ」


 ガレスは、声を落とした。まるで、ここまで来てなお、口にするのが恐ろしいというように。


「――ヴォルフ様ご自身の左腕にも、腕輪がある。貴殿のものと、同じ意匠の、遥かに古いものが。儂は三十年で一度だけ、袖がまくれた瞬間を見た。……あの御方は、それに気付くと、初めて儂に『殺気』を向けられた。三十年仕えて、あの一度きりよ」


 聴取が終わり、ガレスが房に戻される時、彼は足を止め、振り返らずに言った。


「英雄殿。……貴殿は儂に『自分の三十年を信じなかった』と言ったな。あれから、考えておる。もし三十年前のあの夜、書斎の扉が閉まっていたら、儂はどんな騎士になっていたか、とな。……答えは出ん。出んが」


 彼の声は、初めて、駒ではなく、人間のものだった。


「――扉が開いていても、選ばずにいられる者が、いる。貴殿の周りの者たちは、皆そうだ。……眩しい連中だよ、まったく」


(第69話・了)

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