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魔法を捨てた最強格闘家、現代日本へ ~異世界最強なのに法律では最弱でした~  作者: 伝説の男前
第四部 世界防衛編

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第68話 「借り物の力」

 ガレスからの「果たし状」は、翌日の夜、真琴のスマホに直接届いた。


『レッドフックの旧コンテナターミナルにて待つ。特別対処員殿、一人で来られたし。……ああ、猟犬殿。追跡はご自由に。だが君が「輪」の内側に入れば、周辺三区画の電力網に細工が発動する。停電した病院で何が起きるかは、君の想像力に任せよう』


「……人質は取らない主義かと思っていたが」


「主義など、あの男にはありませんよ」と真琴。「あるのは段取りだけです」


 罠だと、全員がわかっていた。それでも行くと決めた俺に、氷雨は一枚の紙を渡した。特措法に基づく「単独対処の事前承認」。手続きの紙だ。「罠に飛び込むにしても、合法的に飛び込みなさい」――俺の軍師は、最後まで俺の軍師だった。


 ――深夜のコンテナターミナルは、鉄の峡谷だった。


 積み上がったコンテナの谷底で、ガレスは待っていた。


 一目見て、わかった。人間を、やめかけている。


 細身の体躯に、黒い甲冑。だがその甲冑は「着ている」のではなかった。肩口や胸元で、装甲が皮膚に「編み込まれて」いた。オーガの骨柱。竜の腱。魔獣の心臓核。――白鳥ルートで掻き集めた素材の、成れの果てが、そこにいた。


「……ようこそ、英雄殿。この夜を、楽しみにしていましたぞ」


「ガレス。その体は、なんのつもりだ」


「実験ですよ」


 ガレスは、両腕を広げた。装甲の隙間で、赤い光が脈打った。


「ヴォルフ様の設計図に、儂の調達した素材。テーマは単純――『才能なき者は、力を買えるか』。……ああ、誤解なさるな。儂は自分を憐れんではおらん。むしろ誇っておる。貴殿のような天与の器を持たぬ人間が、才能に追いつく方法は、これしかないのだからな」


「……一つだけ聞く。なぜヴォルフに付いた」


「――見せてもらったからですよ。三十年前、あの御方の書斎で。『完成図』をね」


 ガレスの目が、恍惚と、細められた。


「法も、身分も、才能もない世界。あるのは純粋な力の秩序だけ。強い者が上に、弱い者が下に、一切の言い訳なく並ぶ世界。……美しいとは思いませんか。少なくとも、嘘がない」


「思わない」


 俺は、構えた。


「その世界じゃ、俺の師匠は生きられない。六十五の噺家も、料理下手の定食屋も、書類仕事の警察官も、生きられない。……あんたの言う『嘘がない世界』ってのはな、ガレス。強い奴の言い訳だけが残る世界のことだ」


「――問答は終わりですかな」


 鉄の峡谷に、赤い閃光が走った。


 速い。


 初撃を、俺は頬の横で受けた。掌が痺れた。オーガ以上、竜に迫る。二撃、三撃。ガレスの動きは、副騎士団長時代の剣技の骨格に、買った膂力と速度を上乗せしたものだった。厄介なことに、技の骨格は本物だ。この男、腐っても王国の剣士なのだ。


 打ち合いながら、俺は、感じていた。


 ――だが、噛み合っていない。


 技と力の「拍子」が、ずれている。技が右足で立とうとする瞬間に、力が左足を蹴り出させる。三十年かけた剣の体幹と、三ヶ月で編み込んだ borrowed 膂力が、体の中で、喧嘩をしている。


「(……与太郎さんなら、こう言うだろうな)」


 噺と一緒や。他人の台本をなんぼ上手に読んでも、間ぁは、自分の呼吸でしか取られへん――。


「どうした英雄殿ォ!! 防戦一方ですぞ!!」


「ああ。……数えていた」


「何をッ!?」


「あんたの技と力が喧嘩する瞬間だ。――九十六回に、一回」


 俺は、拍子を、合わせにいった。


 ガレスの九十五回の完璧を、全て受け流し、捌き、凌ぎ――九十六回目の、技と力が体の中でぶつかる、その千分の一秒に。


 踏み込んだ。


 震脚が、コンテナの谷に雷鳴のように轟いた。


 正拳は、装甲の一番厚い、胸の中央へ。壊すためではない。装甲と皮膚の「編み目」へ、浸透の勁を、通すために。


「――がッ……!?」


 赤い光が、明滅し、乱れ、そして――装甲が、めりめりと音を立てて、剥がれ落ちた。魔獣の心臓核が砕け、骨柱の腕甲が外れ、鉄の谷底に、ただの細身の中年が、膝をついた。


「ば……馬鹿な……完璧な、強化を……」


「ガレス。あんたの剣は、本物だった。三十年の骨格は、打ち合えばわかる。……なんで、それを信じなかった」


 俺は、拳を下ろした。


「借り物の力は、拍子が合わない。拍子の合わない強さは、強さじゃない。ただの重りだ。――あんたは今夜、買った力に、自分の三十年を潰されたんだ」


 ガレスは、膝をついたまま、長いこと、動かなかった。


 やがて、乾いた笑いが、漏れた。


「……くく。は、はは。……才能ある者は、いつも、そういうことを言う……」


 その笑いが、不意に、止まった。


 彼は、自分の胸元を見た。砕けた心臓核の奥で、小さな魔法陣が――誰も知らない魔法陣が、静かに、光り始めていた。


「……ああ。……そういう、契約でしたな、ヴォルフ様……。『敗れた駒は、口を開く前に』……」


「ガレス!?」


 俺は駆け寄った。間に合わないと思った。


 ――だが、魔法陣は、発動しなかった。


 銀の光が、横合いから走り、魔法陣を貫いて、掻き消したのだ。


 コンテナの上に、サングラス(意味のない変装)の元魔王が、立っていた。


「――口封じの呪いか。趣味の悪い設計は相変わらずだな」


 リリスは、ひらりと谷底に降り立ち、腰を抜かしたガレスを見下ろした。


「喜べ、鼠。貴様は今夜から、三百年ぶりに私が『守る』人間だ。……せいぜい長生きして、洗いざらい歌え」


(第68話・了)

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