第67話 「ニューヨーク防衛戦」
ステファン・コワルスキ軍曹、三十四歳。アメリカ陸軍、第一歩兵師団。
彼はこの日の朝まで、「特別顧問」とやらを、まったく信用していなかった。
――以下は、後に彼が妻に宛てて書いた手紙と、UNIT-X戦闘詳報を突き合わせた、あの日の記録である。
午前五時五十分、ハドソン川河口上空に裂け目発生。直径三百メートル。魔兵四千、翼獣二百の混成軍が、自由の女神像のあるリバティ島と、バッテリーパークに降下を開始した。
迎え撃つは、UNIT-X北米方面軍の初陣――七ヶ国混成、一万二千。
そして初陣は、初陣らしく、転びかけた。
「――撃ち方待て! 待てと言っている! フランス隊の射線に韓国隊がいるぞ!」
「避難誘導はどっちのルートだ!? 市警は東と言い、州兵は西と言っている!」
「翻訳が追いつかん! 『翼獣、低空』はどの言語で警告する規定だ!?」
言葉の壁。指揮系統の錯綜。訓練不足。コワルスキ軍曹は装甲車の陰で毒づいた。「寄せ集めの万国旗が、戦えるかよ」と。
その時、無線に、落ち着いた少年の声が割り込んだ。
『――特別顧問より、全部隊へ。会議で決めた紙を、思い出せ』
紙。
三日前、方面軍の全部隊に配られた、たった一枚の優先順位表。『一、民間人の命。二、兵士の命。三、ライフライン。四、建物。五、面子』。コワルスキは正直、小学生の標語かと思っていた。
『今、フランス隊と韓国隊が撃ち合いかけたのは、五番(面子)で動いたからだ。どっちが先に戦果を上げるかは、紙の最下位だ。……全部隊、いったん一番だけやれ。民間人を後ろへ。それが終わるまで、誰も勝たなくていい』
誰も、勝たなくていい。
その一言で、戦場の空気が、変わったのをコワルスキは覚えている。手柄の取り合いだった一万二千が、ただの「壁」になった。壁は、撃ち合わない。壁は、割れない。避難完了まで四十分、混成軍は一発の誤射もなく、マンハッタン南端の民間人を守り切った。
――そして、避難完了の報告と同時に、少年の声が、もう一度言った。
『一番、完了。よくやった。……ここからは二番と三番だ。手順は訓練通り。それと――』
声が、少しだけ、笑った気がした。
『――俺が最前線に出る。俺の周り半径五十メートルは、誰も入るな。誤射の心配なく、思い切り撃てるだろう』
コワルスキ軍曹は、その後の九十分を、生涯忘れないと手紙に書いている。
『なあ、聞いてくれ。俺は「素手の顧問」を鼻で笑ってた。だが、あれは違う。あれは……なんと言えばいいのか。奴が最前線で拳を振るうたび、敵の隊列に「穴」が開く。俺たちはその穴を撃てばいい。奴は俺たちの射線を一度も横切らない。まるで、一万二千人全員の位置が、見えているみたいなんだ。
途中、翼獣が病院の方へ抜けた。俺たちの弾は届かなかった。誰もが「間に合わない」と思った。そうしたら、あの顧問、高層ビルの壁を三角跳びで駆け上がりやがった。素手でだ。んで、空中で翼獣を掴まえて、公園の池に「そっと」置いた。
メアリー、俺は今日、たぶん歴史の教科書に載る戦場にいた。んで、教科書に絶対載らないことを一つ知った。あの世界最強の少年はな、戦闘の間じゅう、ずっと何か数えてたんだ。後で通訳に聞いたよ。奴が数えてたのは、撃破数じゃない。「まだ逃げてない民間人の数」だそうだ。
最強ってのは、ああいうことを言うんだな』
――午前九時十二分、敵軍は門へ潰走。裂け目、閉鎖。
リバティ島の女神像は、松明を掲げたまま、無傷だった。像の台座の前では、NYPDの警官隊と王国騎士団の分遣隊が、盾の列を並べたまま、握手を交わしていた。誰かが撮ったその写真は、翌日、世界中の新聞の一面になった。見出しは各国語で違ったが、意味はだいたい同じだった。
『世界は、守れる』
――だがその夜、勝利に沸くマンハッタンの片隅で。
真琴は、警護日誌に短い一文を記していた。
『本日の戦闘中、埠頭の監視カメラ十七番が、群衆の中に既知の顔を捉えた。灰色の目。細身。……ガレス。奴は避難もせず、戦闘の間、ずっとレオン様だけを観察していた。手元の装置に、何かを記録しながら』
(第67話・了)




