第62話 「世界は日本を見ている」
池袋の翌週から、世界の空が、次々に裂け始めた。
パリ郊外にゴブリンの群れ。五大湖にワイバーン。上海の地下鉄にオーガ。ムンバイ、カイロ、サンパウロ――理央の観測網の世界版が突貫で組まれ、地球儀は赤い点だらけになった。
「……完全に、面の戦争になったな」と鷹峰が唸った。
「ええ。そして、まずいことに」と氷雨が続けた。「各国の初動が、ばらばらです」
ばらばら、どころではなかった。
ある国は軍が躊躇なく無差別砲撃を行い、市街地ごと魔物を焼いた。ある国は逆に法整備が間に合わず、警察が手も足も出せないまま被害が広がった。ある国は「異世界人」への迫害が始まり、ある国は魔物の素材を巡って早くも闇市場が立った。
――そして、世界は気付いた。
死者を出さずに二千の軍勢を撃退した、極東の島国に。
外務省への支援要請と照会は、一週間で四百件を超えた。「特措法の条文一式を送ってほしい」「対処本部の運用マニュアルを」「騎士団の対魔物教範の翻訳を」――そして、どの国の要請書にも、必ず、同じ一行があった。
『可能であれば、"特別対処員"の派遣を』
「レオンの貸し出し依頼、本日だけで十七ヶ国ですって」と、美咲が呆れ顔で書類の束を置いた。
「俺は重機か何かか」
「重機なら十七台に分けられるのにって、鷹峰さんが真顔で言ってたわよ」
――この世界的な混乱の中で、誰よりも忙しく、誰よりも歓迎されて飛び回っている老人がいた。
ヴォルフである。
「異世界の脅威を最も知る賢者」として、彼は各国政府の招きに応じ、対策を説き、観測装置の設置を「指導」して回っていた。パリで、ジュネーブで、ワシントンで、老魔導師は喝采で迎えられた。
「……嫌な予感がするのよね」と、理央が世界地図を睨んだ。
「あの爺さんが『観測装置』を置いた都市のリスト。パリ、ニューヨーク、ジュネーブ、上海……ぜんぶ、あとから裂け目が開いてる。順番も、規模も、まるで――」
「――育てた場所から、順に刈り取っているようだ、と?」と、リリス。
「うん。……でも、証明できない。装置は本物の観測装置なの。ちゃんと観測できちゃうの。私の設計より、正直、上手いくらい。……観測装置とアンカーの違いなんて、外からじゃ、私にしか――ううん、私にも、分解しないとわからない」
「分解を申し入れたら?」
「『どうぞどうぞ、いくらでも』って笑顔で言われたわ。で、分解したら、本当にただの観測装置だった。……私が調べた三台だけ、ね」
盤の外の指は、もう、世界地図の上で動いていた。
そして、俺たちはまだ、その指を、公然と指差せずにいた。証拠という、法治の作法のせいで。
――その作法を、正面から使い返す舞台が、間もなく、ニューヨークに用意された。
国際連合総会。緊急特別会合。
招かれたのは、アルディア王国第一王女フィリアと――特別対処員、レオン・アークライト。
(第62話・了)




