第55話 「W」
白鳥厳三郎の逮捕は、静かに行われた。
早朝の白鳥邸。任意同行を求める検事の車に、厳三郎は、抵抗せず乗り込んだ。……ただ、玄関で一度だけ振り返り、見送りに立った娘に、何かを言いかけて、やめ、そして小さく――手を、振ったという。
最後列の、あの振り方で。
麗華はその日、与太郎邸の縁側で、初めて、人前で泣いた。陽菜が黙って隣に座り、肩を貸した。あかりが黙って温かい茶を置いた。誰も、何も言わなかった。言わないことが、正解の日だった。
――捜査は、そこから一気に進んだ。
厳三郎は、取調べに対し、意外なほど素直に供述を始めた。娘の告発が、何かを断ち切ったのかもしれない。そして、その供述から浮かび上がった「仲介人」の人相は、俺たちの背筋を凍らせた。
「――細身の男。四十代。灰色の目。物腰は柔らかいが、決して手の内を見せない。名乗りは『ガレット』」
「ガレスだ」と、セリスが吐き捨てた。「偽名の付け方まで、小賢しい」
逃亡した副騎士団長は、消えていなかった。この国の地下で、白鳥の金脈に食い込み、「W」の取引を差配していたのだ。
そして、帳簿の解析が終わった夜、氷雨は、ホワイトボードの前で、いつになく硬い声で言った。
「……取引の全体像が見えました。白鳥側が渡したもの:研究データ、オーガ素材、資金、そして――都内七ヶ所の、地下利用権。廃駅、廃坑道、ビルの地下遺構。すべて白鳥系列の不動産です」
「七ヶ所……」
俺の中で、何かが、嫌な音を立てて繋がった。
「対価として『W』が渡したもの:小型の魔道具数点と、『異世界利権の優先権』という口約束。……そして白鳥側の帳簿の最後に、こうメモがあります。『Wより、七基の設置完了の報告。起動は先方の任意』」
――七基。設置、完了。
「理央」
「もう調べてる!!」
理央は、ノートパソコンに齧りついていた。
「地下利用権の七ヶ所の座標、観測網のデータと重ねる。……あ。……ああ、もう。やっぱり」
画面に、都心の地図が映った。七つの赤い点。それは、歪な円を描いて――新宿を、囲んでいた。
「この三ヶ月の微弱な磁場異常、ぜんぶこの七点の上で起きてた。ノイズだと思って除外してた。……これ、アンテナだ。裂け目を『狙った場所に』開くための、アンカー(錨)。多摩の裂け目が読めたのは、自然発生だったから。でも、これが起動したら――」
「――次の裂け目は、新宿のど真ん中に、開く」
座敷が、静まり返った。
沈黙を破ったのは、縁側で茶を啜っていた、リリスだった。
「……言ったはずだぞ、人間ども。あの術式を組んだ輩は、趣味が悪い、と」
元魔王は、湯呑みを置き、三百年の目で、七つの赤い点を睨んだ。
「街ごと、器にする気だ。――私のエアコンのある街を、な」
(第55話・了)




