第54話 「白鳥の名に懸けて」
麗華はまず、正面から行った。
白鳥邸の書斎。アポイントを取って(実の娘がアポイントを取る家なのだ)、父・白鳥厳三郎と、差し向かいに座った。
「お父様。単刀直入に申します。『新エネルギー未来研究機構』への送金と、環境子会社の産廃記録の欠落について、ご説明くださいませ」
厳三郎の顔色は、変わらなかった。さすがは、財界の白鳥と呼ばれた男だった。
「……何の話かな」
「裏帳簿を、拝見しましたわ」
「……誰に頼まれた。検察か? それとも商売敵か」
「わたくしの、意志ですわ」
しばしの沈黙のあと、厳三郎は、ふっ、と息を吐いた。
「――麗華。お前ももう十七だ。教えておこう。異世界は、産業革命以来の商機だ。魔力エネルギー、新素材、転移技術。……乗り遅れれば、白鳥は十年で老舗の看板になる。私は、白鳥を守っているのだ」
「では、その商機とやらの取引相手は、どなたですの」
麗華は、写しの一枚を、机に置いた。
「帳簿の相手方に、名前がありませんわね。あるのは『W』の一文字だけ。……『W』に、オーガの素材を渡して、対価に受け取ったこの『触媒』とやらは、何にお使いになるものか、ご存知ですの?」
「先方は身元確かな筋の仲介人だ。素性を詮索しないのが、この種の取引の礼儀で――」
「お父様!!」
麗華の声が、書斎に響いた。生まれて初めて、父に張り上げた声だった。
「白鳥の家訓は『信用は百年、失うは一日』ですわよね!? 相手の顔も見ずに、街を壊す化け物の骨を売り買いすることの、どこが白鳥の商売ですの!? ……お願いです。自主申告なさって。今なら、まだ、間に合いますわ。先生方に聞きました。制度が、道が、ちゃんとあるんですのよ」
厳三郎は、娘を、長く見た。
そして――首を、横に振った。
「……進んだ話は、もう戻せんのだ、麗華。お前が思うより、ずっと深くまで、進んでいる。……忘れなさい。これは、命令だ」
「……そう、ですの」
麗華は、立ち上がった。深々と、令嬢の礼をした。
「ご説明、ありがとうございました。……お父様。わたくし、白鳥の娘として、白鳥の家訓に従いますわ」
――三日後。
東京地検に、段ボール三箱分の資料が、代理人弁護士・一ノ瀬氷雨を通じて提出された。裏帳簿の写し。送金記録。産廃記録の欠落を示す社内文書。提出者の氏名は、公表を望まないことも可能だったが、彼女は、実名を選んだ。
報道陣に囲まれた麗華は、リムジンの前で、一度だけ立ち止まり、扇子を開いて、言った。
「白鳥グループの一族として、申し上げますわ。――白鳥の名に懸けて、白鳥を告発します。信用は百年、失うは一日。落とした信用は、これから百年かけて、わたくしが取り戻しますので――どうぞ、ご覧あそばせ」
その夜のニュースで、この十七歳の宣言は、「日王友好電柱」の街の、新しい伝説になった。
(第54話・了)




