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魔法を捨てた最強格闘家、現代日本へ ~異世界最強なのに法律では最弱でした~  作者: 伝説の男前
第三部 モンスター襲来と法律編

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第53話 「令嬢の天秤」

 麗華の「依頼」を受けた氷雨は、その日のうちに、動ける者だけの小さな会議を開いた。


 場所は氷雨の事務所。同席は麗華本人と、守秘義務の壁の内側に入ることを麗華が許した俺と与太郎さんだけ。警察官の美咲は、あえて呼ばなかった。「あなたに知らせたら、あなたは職務として動かなきゃいけなくなる。それはまだ早い」というのが氷雨の判断だった。


「まず、法律の話をします」


 氷雨は、いつもの淡々とした声で始めた。感情を殺した声が、こんなに優しく聞こえることを、俺はこの日、初めて知った。


「白鳥さん。あなたには、何の義務もありません。日本の法律は、親の犯罪を子が告発することを、義務付けていません。それどころか刑法には、親族の犯罪を庇った場合に刑を免除できる規定さえある。家族を売れと、法律は誰にも言わない」


「……そう、ですの」


「ええ。だから、これは百パーセント、あなたの選択です。選択肢は三つ。――一つ、忘れる。書斎で何も見なかったことにする。二つ、お父様を説得して、自主的な申告に導く。課徴金や刑の減軽につながる制度があります。三つ、証拠を揃えて、告発する」


「先生なら、どうなさいますの」


「私の答えに、意味はありません」


 氷雨は、静かに首を振った。


「天秤に載っているのは、あなたの家族と、あなたの正義です。他人の分銅を借りたら、どちらに傾いても、一生後悔します」


 ――帰り道、麗華は与太郎邸に寄り、縁側で、ぽつりぽつりと、家の話をした。


「お父様は……昔から、ああですの。白鳥に生まれた者は、白鳥を大きくする義務がある、が口癖で。お母様を亡くしてからは、особに……いえ、特に、仕事だけに。わたくしとの食事は、月に一度、あるかないか」


「……そうか」


「でもね、レオンさん。わたくし、覚えていますのよ。小学校の学芸会。わたくし、木の役でしたの。台詞のない、ただの木。……お父様、いらしたの。最後列に、こっそり。秘書も連れずに。木のわたくしに、小さく手を振って、幕が下りる前に帰っていかれた」


 麗華は、扇子を膝の上で、開いて、閉じた。


「あの手を振った人と、送金指示書にサインした人が、同じ人だなんて。……天秤なんて、傾く前に、壊れてしまいそうですわ」


 黙って聞いていた与太郎さんが、茶を淹れ替えて、口を開いた。


「……嬢ちゃん。ワシから一つだけ、ええか」


「はい」


「あんたの天秤の載せ方、間違うとるで」


 麗華が、顔を上げた。


「『家族』と『正義』やない。……『お父はんの罪を見て見ぬふりする娘』と『お父はんの罪を止める娘』や。どっちの娘が、ほんまにお父はんを大事にしとるか――載せるもんは、それやろ」


「…………」


「罪はな、放っといたら育つんや。バレるまでの間、ずっとな。今のお父はんを止められるんは、警察でも検察でもない。最後列で手ぇ振っとった姿を覚えとる、あんただけや」


 麗華は、長いこと、庭の暗がりを見ていた。


 やがて、扇子を、ぱちり、と閉じた。今まで聞いた中で、一番いい音がした。


「……決めましたわ」


(第53話・了)

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