第52話 「白鳥の羽の下」
「白鳥」の名が出た瞬間、捜査は、質を変えた。
日本有数の財閥である。政界にも官界にも太いパイプを持つ。生半可な追及は、握り潰される。鷹峰は、捜査線を極秘扱いにし、氷雨・真琴・理央・あかりの「非公式チーム」と、美咲の署の知能犯係だけで、外堀を埋め始めた。
――そして、掘れば掘るほど、出てきた。
まず、理央の助成財団。役員名簿は雇われ老人ばかりだが、事務局の実務者二名は、白鳥HD傘下の商社からの出向者だった。
次に、金の流れ。財団の研究助成は理央の他にも十七件。全て、異世界関連――裂け目の観測、魔力エネルギーの応用、異界性生物の生態。日本中の「異世界研究」の目ぼしい芽を、この財団は二年前から、静かに、金で束ねていた。
二年前。……最初の裂け目より、ずっと前に、だ。
「おかしいでしょ、これ」と理央。「異世界ブームの前から、異世界研究に八十億出す財団があった。まるで――こうなることを、知ってたみたい」
極めつけは、真琴が掴んできた。
「オーガの遺骸の件です。八体のうち、警察の検証が終わった後、焼却処分に回されたはずの一体分の一部――が、処分場の記録から消えています。運搬を受託した産廃業者は、白鳥HD傘下の環境会社の、二次下請け」
「魔物の素材の、横流し……」とセリスが唸った。「王国では重罪よ。オーガの骨や腱は、強化魔道具の触媒になる。悪い工房が、高値で買う」
「つまり、整理するとこうなる」と氷雨がホワイトボードに線を引いた。
「白鳥系の資金が、①異世界研究を買い集め、②レオンの機密データを盗み、③魔物素材を横流ししている。……問題は、これを白鳥グループの『総意』がやっているのか、それとも」
「グループの中の、誰かが、ね」と美咲。
――その答え合わせは、思わぬ形で、向こうからやってきた。
数日後の夕方、与太郎邸に、白いリムジンが停まった。降りてきた麗華は――いつもの縦ロールが、心なしか、しおれていた。
「……ごきげんよう、皆さま。今日は、その、お茶をしに来ましたの」
「麗華? どうした、顔色が」
「あら、悪いかしら。ほほほ。……ねえ、レオンさん」
彼女は、扇子を開き、閉じ、また開いた。落ち着かない時の癖だと、最近わかってきた。
「仮の、仮の、あくまで仮のお話ですけれど。……もしも、ですわよ? 大切な家族が、何か、良くないことに関わっているかもしれない書類を、偶然、見てしまったら。……皆さまなら、どうなさる?」
全員が、顔を見合わせた。
氷雨が、静かに、口を開いた。
「白鳥さん。その『仮のお話』、続きは、依頼として聞きます。弁護士には守秘義務がある。あなたが話したことは、あなたの許可なく、誰にも――警察にも、伝わらない。……ここからは、法律家として聞きます。いいですね?」
麗華は、扇子を、ぎゅっと握った。
長い、長い沈黙のあと、財閥令嬢は、絞り出すように言った。
「……お父様の書斎で、見てしまいましたの。『新エネルギー未来研究機構』への送金指示書――お父様の、直筆のサインを」
(第52話・了)




