第50話 「六法と王冠」
「異世界存在対策特別措置法」――通称・異世界特措法の起草チームは、霞が関の外れの、古い会議室に集められた。
メンバーは、内閣法制局の精鋭たち、法務・防衛・警察・外務の担当官、参与として一ノ瀬氷雨、オブザーバーとしてフィリア王女とゲオルグ、そして議員側の旗振り役として――大神一徹。
あの老議員は、初日にこう挨拶した。
「わしは異世界人を追い返せと言うてきた男だ。今も有権者にそう言われとる。……だからこそ、わしがこの法案に判を押す意味がある。反対派が納得する縛りを、わしが全部、言うてやる。全部飲んでみせろ。そしたら、この法は本物になる」
敵役を買って出る、という最上級の協力だった。
――起草作業は、初日から難所に乗り上げた。第一条、定義である。
「『異世界由来生物』の定義ですが、素案では『本邦外の異界より飛来し、人の生命・身体・財産に危害を及ぼすおそれのある生物』と」
「待ってください」と氷雨。「その定義だと、セリス・ルナリアさんとリリスさんが含まれます」
「……あ」
「あ、ではありません。勇者と元魔王を『駆除対象』に分類する法律を作る気ですか。外交問題どころか戦争になりますよ」
翌日、噂を聞きつけたリリスが、会議室に乗り込んできた。
「――おい、人間ども。私を『生物』として駆除する条文を書いていると聞いたが」
「書いていません! 書きかけただけです!」
「ほう? では聞くが、私の法的地位は何になる。教えてもらおうか。私は住民票が欲しい。エアコンの新機種の購入に、分割払いの審査があるのでな」
「元魔王の来日目的が分割払い……」
結局、法案は「異界性生物(危害のおそれのあるもの)」と「異界性人(人格と意思疎通能力を有するもの)」を分け、後者には在留と権利の枠組みを用意する、世界初の二本立てになった。レオンとセリスとリリスのための条文、と後の教科書には書かれる。
――第二の難所は、武力行使の授権だった。
「王国軍の武力行使を認めるにしても、指揮権はどこに」
「日本側に」と、即答したのは王女だった。「王国軍は、日本の対策本部の指揮下に入ります。単独行動は一切しない。武器の管理も、活動区域も、交戦規定も、すべて日本法で縛ってください」
「殿下……そこまで譲られると、逆にこちらが疑いたくなりますな。狙いは何です」と大神。
「信頼、です」
王女は、こともなげに言った。
「大神議員。信頼とは、先に縛られてみせた者が、先に手に入れるものです。……わたくし、この国の商店街で学びましたの。『貸しは、先に作った者が強い』と」
「……姫さん、あんた、どこの商店街で帝王学を学んどるんだ」
淀川町商店街である。
――二週間後、骨子が固まった夜。
会議室に残った氷雨は、条文の束を眺め、隣の王女に、ぽつりと言った。
「殿下。この法案、あなたの国では『王国が外国の法に跪いた』と批判されます。覚悟はおありですか」
「あら、先生」
王女は、笑った。
「跪いたのではありません。――法治という椅子に、隣同士で座っただけですわ」
(第50話・了)




