第47話 「英雄、逮捕される」
朝の与太郎邸に、美咲は、手錠を持たずに現れた。
玄関先に立った彼女は、制服の帽子を、胸の前で握っていた。夜通し泣いたか、眠らなかったか、たぶん両方の目をしていた。
「……レオン。器物損壊の容疑で、話を聞かせてほしいの。……一緒に、来てくれる?」
俺の後ろで、セリスが飛び出しかけた。
「ふざけないで! レオンは八人……八体!? とにかく、みんなを守ったのよ!? それを、で、電柱を折った罪ですって!?」
「セリス」
俺は、幼馴染を手で制した。そして、上がり框で、靴を履いた。
「行こう、美咲。……ああ、その前に一つだけ」
俺は、茶の間に向かって、頭を下げた。
「与太郎さん。しばらく朝稽古を休む。すまん」
「おう。……兄ちゃん」
与太郎さんは、湯呑みを持ったまま、いつもの調子で言った。
「行ってこい。あんたが三ヶ月学んだ国が、ほんまもんかどうか、見てくるええ機会や。――ワシの弟子はな、道場でも、留置場でも、背筋は一緒やで」
「ああ」
――英雄逮捕の報は、その日のうちに、世界を二つに割った。
街頭では「彼を釈放しろ」のデモと「法の下の平等を」の集会が、皮肉にも同じ広場の両端で行われた。商店街には『レオンくんは商店街の誇り』の横断幕が掛かり、精肉店はコロッケを「レオン応援価格」で売り(便乗ではないか?)、SNSでは『#英雄を返せ』が世界トレンドに入った。
最も張り詰めたのは、廃校宿舎だった。
「――団長!! もはや是非もなし! 総員で庁舎を囲み、レオン殿を奪還すべし!!」
色めき立つ騎士たちの前に、ゲオルグは、仁王のように立ちはだかった。
「たわけがァ!!」
校庭の空気が、震えた。
「奪還した英雄を、どこに置くつもりだ! 逃亡者にした英雄を!! ……よいか。レオン殿は今、戦っておられる。剣も拳も使わぬ、あの御仁の生涯で最も難しい戦をだ。我らが柵一つ壊せば、その戦は負けだ。……信じて、待て。それも武人の務めである」
そして王女フィリアは、記者団の前で、王国の公式声明を読み上げた。世界が驚いた、あの声明である。
「アルディア王国は、日本国の司法手続きを、全面的に信頼します。英雄が法の前に立つ姿を、王国は誇りに思います。――力ある者が、力なき者と同じ扉から裁判所に入る。それこそ、わたくしたちが学びに来た、この国の宝だからです」
――同じ時刻。氷雨の事務所。
彼女は、六法全書と判例集を、鞄に詰め込んでいた。いつもの三倍の量を。事務員が恐る恐る聞いた。
「先生、勝てますか? 相手は検察と、割れた世論ですよ」
「間違えないで」
氷雨は、鞄を閉じ、眼鏡を押し上げた。
「相手は検察でも世論でもない。『緊急避難の成立要件』――ただの、条文解釈よ。そして条文解釈で、私は日本で三番目に強い」
「……一番と二番は誰なんです」
「知らない。会ったことがないから、暫定三位にしてるの。……行くわよ。私の依頼人を、迎えに」
(第47話・了)




