第45話 「通学路の騎士団」
国会の熱とは裏腹に、世間の空気は、割れ始めていた。
SNSでは『#異世界人は帰れ』と『#共に生きよう』が殴り合い、ワイドショーは連日「異世界リスク」の特集を組み、廃校宿舎には抗議の電話と、激励の千羽鶴が、同じ日に届いた。
「人間ってのは、わかんないね」と、あかりがスマホを睨む。「同じ映像見て、真逆のこと言うんだから」
「同じやで、どっちも」と与太郎さん。「怖いんや、みんな。怖さの出口が、右に出るか左に出るかの違いや」
――そんな中、騎士団は、誰に言われるでもなく、あることを始めていた。
きっかけは、麓の町から避難してきた母親の、何気ない一言だった。「子供の通学路が、山沿いなんです。集団登校でも、親は気が気じゃなくて」。
翌朝から、通学路の要所に、鎧の巨漢たちが立った。
武器は、ない(法律上持てない)。持っているのは、大盾だけ。攻めることは一切できない、守るためだけの配置だった。
ゲオルグは全隊にこう訓示したという。
「――剣は預けたままでよい。よいか、諸君。騎士の本義は、突撃にあらず。『そこに立つこと』である。恐れる者の隣に、ただ、立て」
最初の三日、子供たちは遠巻きだった。親たちは会釈だけした。
四日目、一年生の男の子が、一番大きな騎士に「おはようございます」を言った。騎士は兜を脱ぎ、片膝をつき、「おはようございます」と返した。
七日目には、騎士たちの盾に、子供たちの描いたドラゴンや花のシールが貼られ始めた。騎士たちは剥がさなかった。それどころか「それがしの盾の紋章は増える一方である」と誇った。
十日目の朝、あかりは、その光景を撮った。
ランドセルの列と、並んで歩く鎧の巨人たち。信号で、騎士が手を挙げ、子供たちが真似して手を挙げる。横断歩道の向こうで、片膝をついた騎士が、転んだ子の膝に、不器用に絆創膏を貼っている――。
動画のタイトルは、飾らなかった。
『通学路の騎士団(音量注意:朝の挨拶が大きい)』
――再生数は、三日で二千万を超えた。
潮目は、変わった。ワイドショーの論調が変わり、『#共に生きよう』が伸び、宿舎への千羽鶴が抗議電話を数で上回った。世論調査の「王国軍の活動を認めるべき」は、三週間で二十一ポイント跳ね上がった。
「……あかり。お前、大したもんだな。俺の武勇の動画より、絆創膏一枚の動画のほうが、世界を動かした」
「そりゃそうだよ、レオンさん」
あかりは、当然のように言った。
「強さって、遠くから見るものだもん。優しさは、隣で撮れるんだよ」
――一方その頃。迎賓館の一室で、ヴォルフは、その動画を三度、再生していた。
「……絆創膏、か」
老魔導師は、画面を消した。その顔から、いつもの柔和な笑みが、珍しく、消えていた。
「恐怖で満たすはずの器に、妙なものが溜まっていく。……よろしい。ならば、恐怖の量を増やすまで」
彼は、袖の中の鏡に、短く命じた。
「――『重いの』を、先に通せ。予定より、二日早くな」
(第45話・了)




