第43話 「英雄の拳は合法か(本人不在)」
その頃、霞が関の会議室では、世にも奇妙な法律論争が行われていた。
議題「レオン・アークライト氏の戦闘行為の法的位置付けについて」。
出席者は、法務省、警察庁、内閣法制局の精鋭、そして参考人・一ノ瀬氷雨。
――なお、議題の本人は欠席である。呼ばれていない。本人は今頃、与太郎邸の庭で筋トレをしている。後で聞いた話を、時系列で再現しよう。
「まず整理する。氏がゴブリンを殴打した場合、何罪が成立し得るか」
「暴行罪は『人』に対する罪。ゴブリンは人か?」
「知性の程度が不明。仮に人でないなら、器物損壊は? 器物損壊は『他人の物』が客体。ゴブリンは誰の所有物でもない」
「つまり――無主物」
「無主物を殴打する罪は……」
会議室が、静まり返った。
「「「……ない」」」
「では鳥獣保護管理法は? 無許可の捕獲・殺傷は禁止だが」
「先日整理した通り、異世界産生物は『鳥獣』の定義外」
「動物愛護管理法は? 『愛護動物』は牛馬犬猫等の列挙と、人が占有する哺乳類・鳥類・爬虫類。ゴブリンは列挙外かつ無占有。哺乳類かどうかも不明」
「では……あー……整理すると、だ。諸君」
法制局の審議官が、眼鏡を外し、こめかみを揉んだ。
「レオン・アークライト氏が、素手で、ゴブリンと戦うことは――現行法上、これを禁止する規定が、存在しない」
「「「…………」」」
「銃刀法は素手に適用されない。彼の拳は法的には『拳』でしかない。暴行にも器物損壊にも当たらない。強いて言えば、戦闘で公共物を壊せば器物損壊、堤防を崩せば……」
「本人は『そっと置く』ので有名です」と氷雨。
「知っています。動画は全部見ました」
審議官は、深いため息とともに、結論を書き付けた。
『結論:同氏の対ゴブリン格闘は、現行法の間隙において適法に行い得る。ただし周辺の人・物への配慮義務を前提とする』
「――皮肉なものですね」
会議の帰り際、氷雨は、ぽつりと言ったという。
「剣も、銃も、魔法も、この国の法は全部縛れる。……なのに、拳だけが、自由。まるで、あの依頼人のためにあるような法の穴だわ」
――夕方。氷雨は与太郎邸に寄り、庭で逆立ち腕立てをしている俺に、会議結果を伝えた。
「――というわけで、あなたの拳は合法。おめでとう」
「そうか。……なあ、氷雨。俺は向こうの世界で、剣を折り続けて、仕方なく拳を選んだ。コスパの問題だった」
俺は、逆立ちのまま言った。
「だが、この国に来て、魔法は封じ、剣は美術品になり、最後に残ったのが、また拳だ。……どの世界でも、最後に手元に残るのは、生身一つらしい」
「……含蓄のある話をするなら、逆立ちをやめなさい」
「これは三百二十一回目の腕立ての途中だからだ」
「台無しよ」
――だが、この「合法の拳」が試される日は、誰の予想よりも早く来た。
その夜、理央の観測網が、多摩の裂け目の「脈動」を検知した。
『レオン、起きて! 裂け目が開き直る! 今度のは……大きい! ゴブリンじゃない、もっと重いのが来る!!』
(第43話・了)




