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魔法を捨てた最強格闘家、現代日本へ ~異世界最強なのに法律では最弱でした~  作者: 伝説の男前
第二部 王国軍来日編

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第38話 「親切な顔」

 その男は、雨上がりの朝、正式なルートでやってきた。


 王国からの新たな転移者、一名。事前通告あり、外交手続き完備。肩書きは「アルディア王国全権特使」。


 宮廷魔導師、ヴォルフ。


 河川敷の門から現れた老魔導師は、深緑のローブに、白い顎鬚、柔和な笑み。杖をつき、ゆっくりと歩み、出迎えの列の前で、深々と頭を下げた。


「――此度のガレス卿の背信、王国を代表し、心よりお詫び申し上げる。老骨に鞭打ち、後始末に参上いたした次第」


 完璧な、登場だった。


 裏切り者の後始末に来た、信頼の重鎮。誰が疑うだろう。事実、鷹峰も、外務省も、騎士団も、諸手を挙げて彼を迎えた。ゲオルグなど、目を潤ませていた。


「ヴォルフ様が来てくだされば、百人力である!」


 ……俺も、半分は、そう思った。


 この人は、じいちゃんの旧友だ。幼い俺が魔法の暴発で泣いていた夜、徹夜で腕輪を鍛えてくれた人だ。魔王戦の前夜、「生きて帰りなされ」と俺の頭に手を置いてくれた人だ。


 だが、もう半分の俺の中で、二つの声が、消えなかった。


 ――『善人の顔は、作れる。だが、善人の設計は、作れない』


 ――『跳ね方が、まるで、誰かが「点検」でもしたみたいに、綺麗なの』


「……おお、レオン殿」


 ヴォルフが、俺を見つけ、目を細めた。


「息災であられたか。案じており申したぞ。……おや」


 老魔導師の視線が、すっ、と俺の左腕に落ちた。


「腕輪に、負荷の色が出ておりますな。異界の空気は魔力の巡りが違う。歪みが出るのも道理。――近いうちに、点検をいたしましょう。なに、すぐ済む。いつもの、あれですじゃ」


 いつもの、あれ。


 子供の頃から何十回と受けてきた、あの点検。腕輪に手をかざし、呪を唱え、「よし、万全」と笑う、あの儀式。


 俺は今まで、あれを一度も、疑ったことがなかった。


「……ああ。頼む」


 俺は、そう答えた。答えながら、自分の声が、ほんの少しだけ硬いのがわかった。


 ――歓迎の宴が催された夜。


 俺は、縁側で一人、左腕の腕輪を眺めていた。


 そこへ、湯呑みを二つ持った与太郎さんが、隣に腰を下ろした。


「……兄ちゃん。あの魔導師の爺さんな」


「ああ」


「ワシ、あの手の顔、知っとるで」


 与太郎さんは、茶を啜り、庭の暗がりを見たまま言った。


「六十年、人前で笑う商売やっとるとな、わかるんや。人間の笑顔には二種類ある。『顔が笑うてから、目が笑う』のと、『目が段取りしてから、顔が笑う』のと。……あの爺さんは、全部、後のほうや。一度もな、順番が逆にならへん。一度もや」


「…………」


「証拠にも何にもならへん。ワシの、芸人の勘や。せやけどな、兄ちゃん」


 与太郎さんは、初めてこちらを向いた。


「――『点検』の日ぃはな、ワシも、その場におらしてもらうで。稽古と一緒や。師匠は弟子の関節、任せる相手を選ぶ権利がある」


 同じ頃。迎賓館の一室。


 ヴォルフは、窓から新宿の夜景を見下ろしていた。


「……よく肥えた街だ」


 老魔導師は、袖の中の小さな鏡に、囁いた。


「ガレスは良い駒だった。囮として、これ以上ないほどに。皆が鼠を追う間に、猫は台所へ入れた。……門の(いかり)は、この街の地下に、すでに七つ。仕上げは、あの腕輪の『点検』のみ」


 鏡の向こうで、フードの影が問うた。


『英雄が、気付き始めているのでは』


「気付く? 結構、結構」


 ヴォルフは、心底楽しそうに、笑った。


「あの子は、儂を『恩人』として育った。人はな――疑いと恩の間では、必ず、恩に転ぶ。転ぶように、儂が十七年かけて、育てたのだ」


(第38話・了)

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