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魔法を捨てた最強格闘家、現代日本へ ~異世界最強なのに法律では最弱でした~  作者: 伝説の男前
第二部 王国軍来日編

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第36話 「魔力鑑識、開廷」

 元魔王の現場検証は、聴衆を選ばなかった。


 宿舎の執務室には、ゲオルグ、ガレス、鷹峰、美咲、真琴、氷雨、俺、そして待機処分継続中のセリス(本人の疑いに関わる件のため特別に同席)が顔を揃えた。


 リリスは、金庫の前に立つと、目を閉じ、指先を金庫の扉に、触れるか触れないかの距離まで近づけた。


「――ふむ」


「何か視えるのか」と鷹峰。


「視える。人間の術は、触れた物に残り香を残す。指紋のようなものだ。……この金庫に残っているのは、三種類」


 リリスは、指を一本ずつ立てた。


「一つ。書記の騎士の、事務的な魔力。毎日触れている者の痕だ。健全。二つ。錠前に馴染んだ、団長の痕。これも健全」


「三つ目は」


「――これが、面白い」


 リリスは目を開けた。


「三つ目は、人間の魔力ではない。『道具』の痕だ。解錠の魔道具。それも、ずいぶん上等な設計の。……言っておくが、勇者の痕は、ない。あの小娘の魔力は聖属性でな、雪の上の墨みたいに目立つ。触れていれば、見逃しようがない」


 執務室が、ざわめいた。


 セリスの肩から、目に見えて力が抜けた。あかりが小さくガッツポーズをし、美咲に窘められていた。


「では勇者殿の夜間外出は」と鷹峰。


 セリスは、観念したように、懐から小さな手帳を出した。


「……ガレス副長の、外出記録です。二週間分。会った相手、時間、場所。私は――副長を、追っていました」


 彼女は、あの夜の廊下の会話から、すべてを話した。腕輪の点検周期。「レオン殿には内密に」。証拠がないまま口にすれば騎士団が割れるという恐れ。


 全員の視線が、ゆっくりと、部屋の隅の男に集まった。


 ガレスは――笑っていた。


「……なるほど、なるほど。勇者殿の忠義、痛み入る。だが、諸君」


 彼は、芝居がかった仕草で、両手を広げた。


「『元魔王の鼻』と『勇者の尾行メモ』。それがこの国の証拠ですかな? ――一ノ瀬先生。伺いたい。魔力の残り香とやらは、この国の法廷で、証拠能力を持ちますかな?」


 氷雨の眉が、ぴくりと動いた。


「……現行法上は、持ちません。鑑定手法として確立されておらず、再現性の検証もされていない」


「では、それがしの外出は? 罪ですかな?」


「無届け外出は騎士団規律の問題であり、日本法上の犯罪ではありません」


「――と、いうことです。諸君」


 ガレスは、優雅に一礼した。


「疑いは自由。だが、それがしを裁ける法は、この部屋にはない。……この国の素晴らしい仕組みですなあ。『疑わしきは罰せず』。実に、実に、素晴らしい」


 法を盾にする背信者。法の国で、これほど嫌な光景はなかった。


 俺の拳が、無意識に固くなり――与太郎さんの「殴った時点で負けや」が、頭の中で響いた。深呼吸、一つ。


「……ガレス卿」


 沈黙を破ったのは、ゲオルグだった。老団長は、静かに、しかし玉座の間のような声で言った。


「貴公の申す通り、この国の法は貴公を裁けぬ。――だが、それがしは王国騎士団長である。王国法に基づき、本日付で貴公の副長職を停止し、帰国までの謹慎を命ずる。異存あるか」


「……異存など。規律ですからな」


 ガレスは、最後まで笑みを崩さなかった。


 だがその夜、真琴の警護日誌には、こう記された。


『ガレス卿、謹慎室に入る際、一度だけ西の空を見た。あの男が感情を見せたのは、本日、その一度きり。――逃げる。近いうちに、必ず』


(第36話・了)

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