第34話 「元魔王、家電量販店にいる」
セリスの疑惑で重くなった空気を、予想外の方向から吹き飛ばす事件が起きた。
発端は、あかりのスマホだった。
「ねえねえ、この投稿見て。『秋葉原の家電量販店のエアコン売り場に、毎日来る謎の銀髪美女。店員より詳しい。何者?』……って、バズってるんだけど」
画面の写真を見た瞬間、俺とセリス(待機中のため、宿舎の窓から画面を覗いている)の声が、綺麗に揃った。
「「――魔王!?」」
「「「ええええ!?」」」
銀の長髪。血色の瞳。気だるげな半眼。間違いない。俺が魔王城で正拳を叩き込み、「もういい。魔王やめるわ」と玉座を降りた、あのリリスだった。
――翌日。俺、美咲、真琴、あかり(案内役)の四人は、秋葉原に向かった。
いた。
エアコン売り場の最新機種の前に、仁王立ちしていた。
「――ふむ。畳数表示は十二畳用。だが実売の冷房能力曲線を見る限り、断熱等級次第では十四畳もいける。問題は除湿方式。再熱除湿か、弱冷房除湿か。ここを見誤ると梅雨に泣く」
「あの、お客様、お詳しいですね……」
「三百年生きているとな、大抵のことには詳しくなる。ただし空調に関しては、この三ヶ月の知識だ」
「さんびゃく……?」
俺は、売り場の通路から、声をかけた。
「……リリス」
銀髪が、ゆらりと振り向いた。血色の瞳が俺を捉え、見開かれ――そして、心底嫌そうに歪んだ。
「げ。レオン・アークライト」
「げ、とはなんだ。げ、とは」
「私の平穏な第二の人生に、最悪の思い出が歩いてきたら『げ』と言うだろう、普通。……なんだ、貴様もこっちに流れ着いていたのか」
話を聞けば、こうだった。
魔王を辞めたリリスは、残党の「復位してくださいませ」攻勢に嫌気が差して雲隠れ。放浪中、空間の「ほつれ」を見つけた。三百年級の魔力知覚があれば、あの「ノック」の予兆は見えたらしい。
「向こうに残れば、残党どもの神輿。なら、誰も私を知らない世界で隠居した方がマシだろう。だから、ほつれが開いた瞬間に、滑り込んだ。……そうしたら、諸君」
リリスは、両腕を広げ、天井を仰いだ。
「この世界には、エアコンがあった」
「主語が大きいわりに、着地点が小さいわね……」と美咲。
「小さくないぞ、警察官。よく聞け。魔界の夏は地獄の釜、冬は氷雪の牢獄。私は三百年、寒暖と戦い続けた。この国の民は、指一本で、部屋を、春にする。……これを文明の勝利と言わずして何と言う」
力説だった。魔王の演説より熱かった(聞いたことはないが)。
「で、生活費は」と聞くと、リリスは懐から小さな革袋を出した。魔界の宝石である。「換金は苦労した。今は届け出をして、正規の買取店と付き合っている」――この元魔王、俺よりよほど順応が早い。
「リリス。積もる話もある。それに――お前の『魔力知覚』を、貸してほしいことができた」
「断る。私は隠居だ」
「コロッケを奢る」
「……揚げ物とは」
「肉屋の、揚げたてだ」
「…………話だけは、聞いてやろう」
元魔王、コロッケ一個で陥落である。
魔王軍が聞いたら泣くぞ。
(第34話・了)




