第33話 「勇者、疑われる」
あかりは、三日間、悩んだ。
スマホの中の一枚。月夜の屋根を跳ぶ、黒装束のセリス。
消してしまおうかとも思った。だが、思い出したのは、いつかの真琴の言葉だった。「隠し事は、隠した人ではなく、隠された人を傷つけます」。……結局、あかりは写真を、美咲に見せた。
「……いつ、これ」
「三日前の夜、十一時すぎ。商店街の角で」
美咲の顔が、警察官のそれになった。折悪しく――最悪のタイミングで、宿舎から一報が入っていたからだ。
騎士団宿舎の金庫から、機密文書が消えた。転移門研究の、写しである。
――緊急の合同会議が開かれた。騎士団側からはゲオルグとガレス。日本側からは鷹峰、美咲、真琴。オブザーバーとして俺と氷雨。
「金庫に破壊の痕跡なし。鍵は無事。つまり、開け方を知る内部の者の犯行です」
ガレスの報告は、理路整然としていた。
「加えて、この三日、宿舎周辺で夜間に不審な人影の目撃が二件。屋根の上を、常人ならざる速さで移動する影と」
「――常人ならざる、ね」
鷹峰が、手元の写真を机に置いた。あかりの写真の、提出されたコピーだった。美咲は職務として上げざるを得なかったのだ。彼女の唇は、悔しさで白くなっていた。
「セリス・ルナリア殿の夜間外出記録は、この二週間で九回。すべて無届け。……ガレス卿、率直に聞こう。騎士団として、どう見る」
「まさか。勇者殿に限って」
ガレスは、痛ましげに眉を寄せた。
「――と、申し上げたいところですが。それがしの職務は騎士団の規律。情で目を曇らせるわけには参りませぬ。……勇者殿に、事情の聴取を。無論、丁重に」
完璧だった。庇う姿勢を見せながら、疑いを固定する。この男の話術は、剣より鋭い。
「待て」
俺は、口を挟んだ。
「セリスに聞けばいい。俺が聞く。あいつは、嘘の下手さでは王国一だ」
――そして、その「王国一」は、遺憾なく発揮された。
「や、夜の外出!? さ、散歩よ! 散歩! 日本の夜風は、その、健康にいいから!」
「屋根の上をか」
「屋根の方が、月がよく見えるでしょ!?」
「黒装束でか」
「……お、おしゃれ?」
会議室の全員が、頭を抱えた。庇いようがない。本人が何かを隠しているのは、幼馴染でなくてもわかる。だが俺には、もう一つわかることがあった。
「――鷹峰さん。ひとつ、記録してくれ。こいつは嘘をついている。だが、こいつの嘘は『自分の行動』についてだけだ。文書のことを聞かれた時、こいつの目は一度も泳がなかった。知らないからだ」
「英雄殿。お気持ちは察するが、それは証拠には……」
「わかっている。だから、証拠は俺たちが探す。それまで――」
「それまでは、規律に従っていただきます」
ガレスが、静かに締めくくった。
「勇者殿は当面、宿舎に待機。外出は許可制。……ご理解いただけますな、レオン殿? 疑いを晴らすためにも、です」
ぐうの音も出ない正論だった。正論で人を縛る技を、俺はこの国の法律で学んだが――同じ技を、こんな形で見せられるとは。
会議室を出る間際、セリスが、俺だけに聞こえる声で言った。
「……レオン。私を、信じる?」
「信じるも何も。お前の嘘は初陣の新兵より下手だ。あれで工作員なら王国は滅んでいる」
「褒めてないわよね、それ」
「褒めている。……だから、吐け。夜、何を追っていた」
セリスは、長く迷い、そして、首を横に振った。
「――まだ、言えない。証拠がないの。証拠がないまま言えば、騎士団が割れる。……ごめん」
馬鹿正直で、不器用で、勇者らしい答えだった。
いいだろう。なら、こっちはこっちで動くまでだ。
(第33話・了)




