第31話 「英雄、自衛隊と手合わせする」
富士の裾野、陸上自衛隊の演習場に、騎士団の歓声が響いていた。
「なんという練度だ……!」「あの鉄の車、坂を登るぞ!」「工兵が半日で橋を架けおった!」
王国軍先遣隊、自衛隊視察の日である。
装備展示、車両見学、そして炊事車のカレーの試食(騎士団はカレーに完全に陥落した。「この褐色の魔法を王国に」と本気の技術供与要請が出た)。
だが、この日の本当の目玉は、午後だった。
「――格闘訓練の、交流稽古であります」
体育館に、道着姿の男が立っていた。自衛隊体術の教官、三隅一尉。齢四十五。柔道と日本拳法を修め、格闘指導官を二十年務める、筋金入りの武人である。
「レオン殿。お手合わせ願えますか。……あなたの動画は、全部拝見した。合成だと思っていた口です。本物かどうか、この身で確かめたい」
美咲が慌てて駆け寄ってきた。
「ちょっと、レオン。わかってるでしょうね。相手は現役自衛官よ。怪我でもさせたら日王関係が」
「わかっている。……それに」
俺は、三隅一尉の立ち姿を見た。重心は低く、目は静かで、指先まで統制が行き届いている。
「この人は、怪我をするような立ち方をしていない」
――手合わせは、五分間、組みと打撃あり、寸止めルールで行われた。
結論から言えば、俺は三度「参った」を取り、一度も取られなかった。
だが、体育館の空気は、回を追うごとに熱くなった。三隅一尉が、驚異的だったからだ。
一本目、俺の足払いを、受け身から三秒で立て直した。二本目、俺の間合いの消し方に、三本目には対応を始めた。そして四本目――時間切れの寸前、一尉の突きが、俺の襟を、確かに掠った。
「……時間です! そこまで!」
どよめきと拍手。一尉は、荒い息のまま、深く礼をした。
「……完敗です。だが、収穫は山ほどある。レオン殿、最後の突き、避けましたな。紙一重で」
「ああ。当たると思った。……あんた、五分間で三段階、強くなったな。あんな人間は、俺の世界にもそういなかった」
「自衛官ですから」
一尉は、事もなげに言った。
「我々は、強くなるのが仕事ではありません。『守り切る』のが仕事です。守り切るためなら、五分で三段階でも、足りんのです」
見学席のゲオルグが、腕を組んで唸った。
「レオン殿……この国の軍は、剣を『抜かぬため』に、あれほど鍛えるのか」
「ああ。この国じゃ、それを『抑止力』と呼ぶらしい」
「……帰還の報告書が、また分厚くなるわ」
――帰りのバスで、美咲がぽつりと言った。
「あなた、今日、楽しそうだったわね。武道大会の時と同じ顔してた」
「そうか」
「そうよ。……ねえ、レオン。あなたの世界の強い人はみんな、強さで何かを『獲る』ために強かったんでしょ。この国の強い人が、何のために強いか、今日、ちょっとわかった?」
守り切るため、か。
俺は、窓の外の富士山を眺めながら、その言葉を、胸の奥の道場に、丁寧にしまった。
(第31話・了)




