第28話 「王女とコンビニと、塩むすびの味」
国賓日程三日目の夜、迎賓館から「王女が消えた」の一報が入った。
――正確には、消えていない。置き手紙があった。
『民の暮らしを見ずして、何を学んだと申せましょう。朝までには戻ります。 フィリア』
「「「お忍びだ――!!」」」
儀典課は卒倒しかけたが、実は王女、事前に根回しを済ませていた。護衛は美咲と真琴の二名(王女直々の指名である。「あなた方は、わたくしを『殿下』ではなく一人の娘として叱ってくれそうですもの」)。案内はセリスと、なぜか、あかり。
俺は与太郎邸で待機だ。英雄が同行すると、目立ってお忍びにならないらしい。ごもっとも。
――以下、後日聞いた「王女、深夜のコンビニ襲撃事件」の顛末である。
自動ドアで三往復した(「開けてくれるのです! 何度でも!」)。
おでんの前で立ち尽くした(「この香り……罪の香りがします」)。
肉まんを両手で持ち、一口食べて、無言で天井を見上げた(感動を処理していたらしい)。
雑誌の棚で自分の来日特集を発見し、買おうとして、あかりに「自分の記事買うのはちょっと」と止められた。
そして、おにぎりの棚の前で、王女は動かなくなった。
「……セリス。これは、何ですか」
「おにぎりです。お米を握ったものです」
「値段が、書いてあります。百四十円。……これは、誰でも買えるのですか。夜中でも? 身分の証も無しに?」
「はい。誰でも、いつでも」
王女は、塩むすびを一つ手に取り、レジへ運び、教わった通りに金を払い、店の外のイートインで、静かに食べた。
そして、ぽつりと言ったそうだ。
「王国では、飢えは冬の言葉です。冬が来るたび、わたくしは城の窓から、パンを求める民の列を見てきました。……この国は、夜中に、誰でも、百四十円で、握り飯が買える。この棚一つ、この当たり前一つが――わたくしには、城より立派に見えます」
美咲も真琴も、何も言えなかったという。
ただ、あかりだけが、あかりらしく言った。
「じゃあ姫様、その『当たり前』の作り方、いっぱい持って帰ってください。ついでに肉まんの製法も」
「! 持って帰れるのですか、肉まん製法!?」
「技術提携っていうんですよ、そういうの」
翌朝、迎賓館に戻った王女の鞄には、塩むすびの包み紙が一枚、丁寧に畳んで仕舞われていた。
後年、アルディア王国の王都に「二十四時間営業の公営売店」一号店が開くとき、その包み紙は、王宮の執務室に額装されて飾られることになる。
――だが、それは、まだずっと先の話だ。
(第28話・了)




