第27話 「王女来日」
その日、日本政府は「前例」という言葉を辞書から削除した。
史上初の異世界国賓、アルディア王国第一王女フィリア・アルディア殿下の来日である。
儀典課は三日三晩もめた。国歌の演奏はどうする(楽譜がない。急遽、王国の楽士二名が先行転移して宮内庁楽部と徹夜の合わせをした)。礼砲は撃つのか(騎士団側から「魔物の襲来と誤認する」と待ったがかかった)。晩餐会のメニューは(王女は海老が食えるのか誰も知らなかった。食えた。むしろお代わりした)。
迎賓館に入る車列を、俺は沿道で見送った。隣で与太郎さんが旗を振っていた。どこで手に入れたんだ、その日の丸とアルディア王国旗の二本セット。
「商店街の福引きの景品や。三等」
「対応が早すぎるだろ、この国の商店街は」
――そして、来日二日目。内外の記者を集めた、王女の記者会見が開かれた。
壇上のフィリア王女は、十九歳。噂に違わぬ、凛とした佇まいだった。手元の原稿を、彼女は一度も見なかった。
「――まず、日本国と国民の皆さまに、感謝を申し上げます。空から降ってきた我らを、あなた方は矢ではなく、書類で迎えてくださいました」
会場に、静かな笑いが起きた。
「書類は、山ほどありました。正直に申せば、王国の官吏が半年かける量を、二週間で書かされました」
笑いが、大きくなった。この王女、只者ではない。掴みの呼吸が与太郎さんの高座に近い。
「ですが、わたくしは気付いたのです。あの書類の一枚一枚は、この国の民が積み上げた『約束』なのだと。剣ではなく約束で国を治める。それがどれほど困難で、どれほど尊いことか――王国の民として、わたくしは学びに参りました」
そして王女は、一呼吸おいて、世界を驚かせる一言を放った。
「最後に。わたくしがこの国に参りました第一の目的について、率直に申し上げます。英雄レオン・アークライトの……連れ戻しでは、ありません」
会場が、ざわめいた。最前列で、俺は思わず腰を浮かせた。
「彼はこの国で、家を得て、師を得て、友を得たと聞いております。魔法も剣も使えぬ場所で、拳すら封じて、それでも人の役に立っていると。……であれば、王国が彼に命じるべきことは、もう何もありません。帰る帰らぬは、彼自身が決めること。王国は、英雄の選択を尊重します」
王女は、カメラの向こうの誰かに――たぶん、俺に――まっすぐ微笑んだ。
「その代わり、と申してはなんですが。レオン様、一つだけ王命です。――あなたがこの国で学んだ全てを、いずれ王国にも、教えに来てくださいませ」
……まったく。
あの書庫育ちの王女様は、いつの間に、こんな政治家になったんだ。
隣で与太郎さんが、旗を振るのをやめて、しみじみ言った。
「……ええ姫さんやなあ。兄ちゃん、あんた、ええ国に生まれたんやで」
「ああ。……知ってた」
(第27話・了)




