第23話 「騎士団、信号機を崇める」
先遣隊の宿舎は、河川敷にほど近い廃校になった小学校が充てられた。騎士たちは体育館で寝起きし、校庭で馬を世話し(馬も五十頭来た。馬の検疫で農水省が三日徹夜した)、そして――週明けから、俺の「講習」を受けることになった。
科目名「この世界で生きるための掟・初級」。講師、レオン・アークライト。助手、セリス(一週間先輩の顔をしている)。
第一回の教材は、信号機だった。
「いいか。あの三色の光る目は『しんごうき』。この国の全国民が従う、絶対の掟だ。赤は止まれ。青は進め。黄色は――」
「レオン殿! 質問であります!」
若い騎士が挙手した。
「あの光る目は、何の魔道具でありますか! 街の辻という辻に配備されるとは、よほど高位の……」
「魔道具ではない。電気だ。……説明は省くが、とにかく赤で止まれ。全員でやってみるぞ」
横断歩道での実地訓練は、壮観だった。
赤信号。五十人の騎士が、ぴたりと停止する。青信号。五十人が一糸乱れず渡る。統制の取れた軍隊は、交通ルールの飲み込みも早い――のだが。
「なぜお前たちは、渡る前に信号機に敬礼するんだ」
「掟を司る者への礼儀であります!」
「信号機は上官じゃない」
だが彼らはやめなかった。後日、「廃校近くの交差点で信号に敬礼する鎧の集団」はSNSの名物になり、なぜか地域の交通安全意識が向上した。警察署長から感謝状が来た。何なんだこの国は。
――続いて、電車。
これは、悲劇だった。
「よし、次は電車で移動する訓練だ。……言っておくが朝の八時台は避けた。あれは初心者には早い」
昼間の各駅停車ですら、騎士たちには衝撃だったらしい。
「鉄の竜だ……」「竜の腹に自ら入るのか……」「レオン殿、これは何の試練でありますか」
「試練じゃない。移動だ。いいか、降りる駅は四つ先。ドアが閉まる時は無理にこじ開けるな。絶対にだ」
結果。
騎士二名が乗り遅れて次の駅まで走って追いつき(徒歩で電車に追いつくな)、一名が網棚を「先客の寝床」と誤解して譲り、ゲオルグ団長は優先席の意味を知ると深く感動して、以後、全区間で立ち続けた。
「レオン殿。この国は、老いた者と幼き者のために、椅子を空けておくのですな」
「ああ」
「……よい国だ。実に、よい国だ。守り甲斐がある」
窓の外を流れる街並みを眺めるゲオルグの目は、武人のそれだった。この人は、もうこの国の「守るべきものリスト」を作り始めている。
――その車内で、ガレスだけが、別のものを見ていた。
彼の視線の先にあったのは、路線図と、川と、橋と、高圧鉄塔。
(水路、補給線、電力網。……なるほど、この国は強い。だが、絞めるべき首は、存外浅いところにある)
誰にも聞こえない独り言は、電車の走行音に消えた。
(第23話・了)




