第20話 「勇者、新宿に降る」
三日後の夕暮れ。それは、前触れもなく始まった。
新宿駅東口、午後六時十二分。帰宅ラッシュの真上で、空が――裂けた。
悲鳴。逃げ惑う人波。掲げられる無数のスマホ(逃げろ、撮るな)。
俺は屋根から屋根へ跳んで現場へ走った。裂け目は先日の比ではない。光の亀裂が空を横切り、そこから、何かが、落ちてくる。
人だ。
白銀の鎧。翻る青いマント。夕日を弾く長い金髪。
落下地点は駅前広場のど真ん中――違う、あいつは落ちているんじゃない。「着地点を選んでいる」。人のいない一点へ、空中で姿勢を制御している。相変わらず、無茶苦茶な身体能力だ。
俺は人垣の前に滑り込み、真琴に「下がらせろ!」と叫び、そして――落下してきたそれを、正面から、両腕で受け止めた。
衝撃で、駅前の敷石が円形に沈んだ。あとで区役所に謝ろう。
「……相変わらず、着地の最後だけ雑だな。セリス」
腕の中の勇者は、ゆっくりと目を開けた。
碧い瞳が、俺を映した。見開かれた。潤んだ。
「…………レオン?」
「おう」
「レオン!! 本物の、レオン!?」
「だから、おう」
「〜〜〜っっ、見つけたぁ……!!」
セリス・ルナリアは、堰を切ったように泣き出した。勇者の号泣である。周囲のスマホが一斉にこちらを向いた。撮るな。
「馬鹿レオン!! 阿呆レオン!! 凱旋式ですっっっごい顔して消えて!! 王女様は寝込むし! 騎士団は大騒ぎだし! 私、私っ、三ヶ月ずっと、世界中の遺跡回って、転移の術式調べて……!!」
「……悪かった。心配かけた」
「心配なんてしてないもん!! 三ヶ月分の説教をしに来ただけだもん!!」
「三ヶ月分は長いな。分割にしてくれ」
――と、感動の再会に、制服の一団が駆けつけてきた。先頭は、もちろん美咲だ。
「はいはい、そこまで! 空から降ってきた方! 事情をうかがいます!」
セリスは涙を拭い、鎧の胸を張って、堂々と名乗った。
「私はセリス・ルナリア! アルディア王国が勇者、剣聖ラインハルトが一番弟子! この者、レオン・アークライトを迎えに参りました!」
「……身分を証明できるものは?」
「聖剣です!」
「刃物ーーー!!」
――こうして、俺の幼馴染は、来日十五分で職務質問を受けた。
三ヶ月前の俺と、寸分違わぬ流れである。歴史は繰り返すというのは、どうやら世界を跨いでも真理らしい。
交番へ連行されていくセリス(聖剣は美咲が厳重に預かった)を眺めながら、与太郎さんが、俺の隣で飴を舐めた。
「……兄ちゃんの言うてた通り、一番諦めの悪いのが来たな」
「ああ」
「ほんで? あの嬢ちゃんが来たっちゅうことは、次は?」
「騎士団か、王国軍の先遣隊か。……いずれにせよ、俺の世界が、まとめてこっちに来る」
「そらまた、賑やかになるなあ」
与太郎さんは、他人事のように笑い、それから、ぽつりと付け加えた。
「――兄ちゃん。ここからはな、あんた一人の『順応』の話やない。二つの世界の『付き合い方』の話や。せいぜい気張りや。……通訳は、あんたにしかでけへんのやから」
夕日が、駅前の人波を金色に染めていた。
三ヶ月前、途方に暮れて立ち尽くした、あの雑踏だ。
今の俺には、帰る家があり、師匠がいて、口うるさい警察官と、理屈っぽい軍師と、無口な護衛と、騒がしい観測係と、妹弟子と、料理の弟子がいて――そして今日、幼馴染が空から降ってきた。
俺の日本攻略、第一部・完。
戦績:拳での解決、いまだゼロ件。
だが、なぜだろうな。
負けた気は、まったくしないのだ。
(第20話・了)




