第19話 「空が、軋む」
異変は、深夜二時に来た。
枕元の現場スマホが震えた。理央からの着信、二十七件。
『空!! 空見て!! 新宿の北北西!!』
縁側に出た俺の隣に、屋根から降りてきた真琴が音もなく並んだ。
見えた。
夜空の一角に、細い、細い、光の筋。長さは月ふたつ分。まるで、夜という布に入った、ほつれ。
俺の左腕の腕輪が、ジ、と低く鳴った。
「……レオン様。あれは」
「裂け目だ。俺が落ちてきたものの、ずっと小さいやつ。……真琴、下がっていろ、とは言わん。だが何が出てきても、手を出すな。まず俺だ」
だが、何も出てこなかった。
裂け目は数分間、夜空に細く光り、そして、閉じた。あとには何も残らない。星が、何事もなかったように瞬いていた。
――何も出てこなかったことが、逆に、恐ろしかった。
「今のはね、『ノック』よ」
翌朝、機材を担いで駆けつけた理央は、寝癖のまま断言した。
「向こう側の誰かが、扉を叩いて、強度を確かめた。本命を通すための予行演習。……観測データが全部そう言ってる。裂け目が開いた瞬間、あなたの腕輪の漏出が、跳ねた。同期してるの、完全に」
「俺の魔力が、扉の蝶番に使われている、ということか」
「蝶番っていうより、たぶん――鍵穴」
その日のうちに、動きは連鎖した。
美咲の署では「未確認飛行現象の通報多数」の報告が上がり、氷雨の事務所には官邸筋から「例の少年の件で内密に」と打診が入り、そして夕方、与太郎邸に黒い車が三台、静かに停まった。
降りてきたのは、いつかのスーツの男。真琴の上司、内閣官房の鷹峰と名乗った。
「単刀直入に申し上げる。政府は、昨夜の現象と、あなたの関連を把握している。……レオン・アークライト君。近く、あなたの『同郷の方々』が来ると考えるべきかね」
「おそらくは」
「それは、軍隊かね。それとも」
「わからん。だが、最初に来るのは軍じゃない」
俺は、断言できた。理由は簡単だ。俺があの世界の連中なら、英雄の捜索に誰を出すか、考えるまでもない。
「――一番足が速くて、一番諦めの悪い奴が来る」
「ほう。それは厄介な相手かな」
「厄介だぞ。なにせ」
俺は、遠い夜空を見上げた。
「俺の幼馴染だ」
(第19話・了)




