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魔法を捨てた最強格闘家、現代日本へ ~異世界最強なのに法律では最弱でした~  作者: 伝説の男前
第一部 転移・順応編

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第18話 「五十年前の神隠し」

 その夜は、雨だった。


 屋根を打つ雨音を聞きながら(俺が直した屋根だ。一滴も漏らさん)、与太郎さんは、いつもより少しだけゆっくり、茶を淹れた。


「……兄ちゃん。この間の写真の話、しよか」


 俺は、正座し直した。


「大師匠――天堂寺鉄山が消えた晩の話はな、ワシも師匠から、一度だけ聞かされた。酔うた晩に、一度だけや」


 五十年と少し前。秋の夜。


 鉄山は道場に一人残り、いつものように夜稽古をしていた。師匠(当時はまだ内弟子だった)は母屋で寝ていて、夜半、地鳴りのような音で飛び起きた。


「駆けつけたら、道場はもぬけの殻や。履物もそのまま、羽織もそのまま。……ただな、床に二つだけ、妙なもんが残っとった」


「二つ」


「一つは、床板のへこみや。道場の真ん中に、右足の形に、板が三枚ぶち抜かれとった。――兄ちゃんならわかるやろ。あれや」


「……震脚。それも、全力の」


「せや。大師匠は生涯、道場の床を踏み抜いたことなど一度もない御仁や。その人が、床を三枚抜くほどの震脚を、夜中に一人で踏んだ。つまりな」


 与太郎さんは、湯呑みを置いた。


「――何かと、戦うたんや。あるいは、何かに、抗うた」


 雨音が、強くなった。


「もう一つはな、焦げ跡や。床の焦げ。それがまた妙での。丸いんや。真円や。コンパスで引いたような円の中に、細かい文様がびっしり――師匠は『蜘蛛の巣みたいな焼け焦げ』と言うとった。消防も警察も、首を捻るだけやった」


 真円の焦げ跡。幾何学の文様。


 俺は、それを何百回も見たことがある。


「与太郎さん。それは転移門だ。俺の世界の、空間を渡る魔法陣。俺が落ちてきた裂け目と、同じ術式の痕だ」


「……やろなあ」


 与太郎さんは、驚かなかった。たぶん、写真の夜から、ずっと答え合わせを待っていたのだ。


「なあ兄ちゃん。あんたの師匠の話、聞かせてくれるか。ガンドルフ・鉄山――どんな人やった」


 俺は、目を閉じた。


「……偏屈な爺さんだった。歳は誰も知らん。大陸の東の山奥に道場を構えて、弟子は取っては破門にし、最後に残ったのが俺だ。技は鬼のように厳しく、飯は自分で炊けと言い、だが俺が熱を出した晩は、朝まで枕元にいた」


「……うん」


「妙な言葉を使う人だった。稽古の締めにはいつも『オツカレサン』。俺が良い突きを出すと『アッパレ』。そして酔うと、決まって同じことを言った。『――また食いてえなあ。コロッケ』と」


 与太郎さんの手から、湯呑みが、かたりと音を立てた。


「俺はずっと、コロッケとは異世界の幻の食い物だと思っていた。……この国に来て、商店街で、初めて実物を見た。一口食って、思ったよ。ああ、爺さん、あんたはこれが食いたかったのか、と」


「…………」


「師匠は三年前に死んだ。俺の拳を『儂の技は、全部くれてやった』と言って、笑って逝った。魔王を倒した俺の正拳は、あの人の正拳だ。――与太郎さん。あんたの大師匠は、向こうの世界で、天寿を全うした。俺が、証人だ」


 与太郎さんは、長いこと、黙っていた。


 やがて、目元を親指でぐいと拭い、笑った。


「……ほうか。大師匠、向こうで五十年、生き切ったんか。弟子まで育てて。……ほんで、その弟子が、巡り巡ってワシの家の屋根ぇ直しとるんか。ええ噺や。落語にもならん、できすぎた噺や」


「与太郎さん。ひとつ、引っかかっている」


「……言うてみ」


「五十年前、誰が門を開いた? 鉄山師匠は武術家だ。転移の魔法陣なんて引けるはずがない。つまりあの晩、道場には――向こう側から門を開いた『誰か』がいたはずだ」


 雨音の向こうで、遠雷が鳴った。


「そしてな、俺の転移も、理央の観測じゃ『自然現象にしては出来すぎ』らしい。五十年前と、今回。二つの神隠しの門を、同じ誰かが開いているとしたら――」


 その誰かは、五十年以上生きる、転移門の使い手だ。


 俺の頭に一瞬、ある顔が浮かんで――俺はそれを、慌てて打ち消した。


 まさか。あの人は、恩人だ。


(第18話・了)

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