第14話 「炊飯器は爆発するのか問題」
与太郎邸の斜向かいに、「あさひな食堂」という定食屋がある。
先代までは商店街一の名店だったが、今は親父さんが入院中で、一人娘が店を守っている――と、ここまでが美談。
「きゃあああ!? 炊飯器から煙が!!」
問題は、その一人娘・朝比奈陽菜(十九歳)の料理の腕が、壊滅的だということだった。
俺と真琴が駆け込んだとき、厨房は戦場だった。炊飯器は煙を上げ、鍋は噴きこぼれ、なぜか天井に味噌がついていた。
「なぜ炊飯器が煙を上げる。あれは飯を炊くだけの魔道具だろう」
「それがわかんないんですぅ……お米と一緒に炊き込みの具を入れて、動かなかったから叩いたら動いて、そしたら……」
「叩いたら動いた時点でおかしいと思え」
聞けば陽菜、包丁を持てば指を切りかけ、火にかければ焦がし、味付けをすれば「宇宙の味」(あかり談)になる。なのに本人は店を継ぐ気満々で、毎日厨房に立っては、常連客の胃と店の設備を危険に晒しているという。
「だって……お父さんの店、閉めたくないんです。常連さんの居場所、なくしたくないんです」
涙目でそう言われて、放っておける奴がいたら見てみたい。
「……仕方ない。俺が教えよう」
「レオンさん、お料理できるんですか!?」
「七年間の武者修行は、九割が野宿だ。米は鍋で炊けるし、獲物は捌ける。火加減は焚き火で覚えた。……いいか陽菜。料理は武術と同じだ」
「武術……?」
「そうだ。まず、包丁。武器と同じで、握りが九割」
俺は陽菜の包丁の握りを直した。「猫の手」を教え、刃の重さで切ることを教えた。
「次に火加減。焚き火と同じだ。火は敵じゃない。急がせず、慌てさせず、仕事をさせろ」
「次に味付け。……これは与太郎さんの受け売りだが、『足すのは簡単、引くのは無理』。塩は三回に分けて入れろ」
――一時間後。
あさひな食堂の卓に、湯気を立てる生姜焼き定食が並んだ。作ったのは、九割九分、陽菜だ。俺は横で口を出しただけ。
最初の一口を食べた陽菜が、目を丸くした。
「……おいしい。私が作ったのに、おいしい……!」
「私が作ったのに、は余計だ。胸を張れ」
試食係として招集された与太郎さん、あかり、非番の美咲、任務中の真琴(半分だけ、と言いながら完食)も、無言で頷いた。
その日から、俺は週に二度、あさひな食堂の「特別コーチ」になった。報酬は賄い飯。悪くない契約だ。
「レオンさんって、強くて、法律に詳しくなくて、お料理も教えられるんですね! 何者なんですか?」
「魔王を倒した英雄だ」
「またまたぁ」
信じてもらえないのは、いつものことである。
――帰り道、真琴がぽつりと言った。
「レオン様。本日の行動も、報告書に書きます」
「好きにしろ。……なんと書くんだ」
「『対象は本日、定食屋を一軒救った。当職の知る限り、彼が日本に来てから拳で解決した問題はゼロ。拳以外で解決した問題は、本日で十四件目』――と」
「……それは、褒めているのか?」
「事実の記録です」
真琴は前を向いたまま、ほんのわずかに、口の端を緩めた気がした。夕日のせいかもしれない。
(第14話・了)




