第12話 「町道場と、目立ってはいけない男」
発端は、商店街の掲示板だった。
『第四十七回 淀川町武道大会 出場者募集!』
「兄ちゃん、出るで」
「待て与太郎さん。俺は目立ってはいけない身だ。氷雨にも美咲にも、さんざん言われている」
「せやから条件付きや。町内会の畳屋の大将がな、ギックリ腰で団体戦の人数が足らんのや。世話なっとるやろ、コロッケ屋にも畳屋にも。……義理は、返すもんやで」
義理。この国の武術より難しい掟だ。そして、断れない掟でもある。
かくして俺は、三つの縛りを課して出場した。
一、偽名を使う。エントリー名「レオ・新宿」(あかり命名。ひどい)。
二、変装する。ハチマキと伊達眼鏡(あかり調達。ひどい)。
三、技は使わない。押し出しと、掴んでそっと置くだけ。
「完璧だ。これで誰にも気付かれん」
「気付くわよ」
会場の受付で、腕章をつけた運営係の美咲が、半眼で立っていた。
「なぜいる!?」
「地域安全課も運営協力してるの。……で? 『レオ・新宿』さん? そのハチマキで隠れてるつもり?」
「隠れている。心は」
「心だけね」
――大会が始まった。
結論から言うと、「そっと置く」は悪手だった。
一回戦。相手の道着を掴み、そっと畳に置いた。会場がどよめいた。「今の何!? 消えたぞ!?」
二回戦。突進してきた相手を受け流し、そっと置いた。審判が二度見した。
三回戦。相手が構えた瞬間に間合いを消し、そっと置いた。観客席のあかりが「そっと置く人」でSNS実況を始めた。やめろ。
「おかしい……目立たないように戦っているのに……」
「兄ちゃん、あんな、」与太郎さんが飴を舐めながら言った。「達人が手加減するとな、強さは隠れても『異常さ』は隠れへんのや。諦め」
そして、決勝。
畳の向こうに立ったのは、道着姿の九条美咲だった。
「――は?」
「地域安全課推薦枠。私も人数合わせ。文句ある?」
聞けば美咲、警察の逮捕術大会で三年連続入賞、柔道三段。どうりで初対面の小手返しが教科書だったわけだ。
「言っておくけど、手加減されたら怒るから」
「この国では殴った時点で負けなんだろう」
「ここは試合場。ルールの中なら、思いきりやっていいの。……それを教えるのも、今日の目的」
ルールの中なら、思いきりやっていい。
その言葉の意味を、俺は開始の合図と同時に理解した。
美咲は、強かった。人間の枠の中で、正しく、まっすぐに強かった。組み際の崩し、足払いの拍子、諦めの悪さ。一本を取りにくる目に、一切の濁りがない。
だから俺も、七年ぶりに「試合」を楽しんだ。
結果だけ言えば、俺の勝ちだった。技ありひとつ分の、際どい勝ちにしておいた――つもりだったが、閉会後、美咲には「最後、畳に落ちる私の頭を左手で支えたでしょ。ばれてないと思った?」と睨まれた。ばれていた。
「……でも」
美咲は、賞状を抱えた俺に、ぽつりと言った。
「ルールの中で戦うあなた、ちょっと楽しそうだったわよ。良かったわね。この国にも、思いきり戦える場所、あるじゃない」
――なお、翌日。
『そっと置く人、優勝』の動画は再生数三百万を突破し、俺の変装の意味は完全に消滅した。
(第12話・了)




