第二席 「異世界・設定編」
湯呑みの茶が新しくなり、師匠は再び扇子を膝の前に置いた。
「――えー、第二席は『異世界・設定編』。ワシら全員が当事者の部でございます。何せこの茶の間、異世界人が三人、元魔王が一人、観測しとった学者が一人。テンプレの現場検証としては、世界一の顔ぶれや」
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## 其の十一 「死んだはずが生存」
**「死亡確認した奴、免許返納しろ。」**
「――物語の死人はよう生き返る。『あの爆発で生きているはずが……』。はず、やあらへん。確認せえ。脈とって、埋葬して、香典まで受け取った奴が三巻後にピンピン歩いとる。死亡確認の免許があるんやったら、返納もんです」
「……私のことか」とリリス。
「あんたのことや。ほんでな、お客さん。うちの元魔王はんはここが上等やった。**死んだことにも、負けたことにもなっとらん**。『魔王やめるわ』と、本人の口で退位を宣言しとる(プロローグ)。ほんで三百年分の経緯書が第59話で出てくる。……生存の後出しが白けるんはな、**「あの時の絶望を返せ」**と客が思うからや。うちは最初から絶望を売っとらん。売ったのは『謎』や。『魔王はなんで、あっさりやめたんや?』――この謎は、生きとってくれんと回収でけへん。**生かすなら、生きとることが謎の答えになる設計にせえ**。それが筋や」
「私の三百年を『設計』と呼ぶな。……まあ、正しいが」
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## 其の十二 「記憶喪失」
**「困ったら記憶を消すな。」**
「――物語が煮詰まると、誰かの記憶が消えます。『ここはどこ……私は誰……』。作者の都合はどこや、と聞きたい。記憶いうもんは、消しゴムやあらへんのやで」
「本作は逆張りでしたね」と理央。「敵の最終奥義が**世界の記録の消去**(第92話)。で、人類の対抗手段が『覚えてること』」
「せや。うちはな、記憶を**消す道具やのうて、守る宝**として書いた。魔界の兵隊はんらは記憶を奪われて人形にされた(第76話)。ほんで解放の合図は、リリスはんの『三年ぶりだな、お前たち』や。……ええか、記憶をいじるなら掟は一つ。**記憶は、奪われた者の尊厳の話として書け**。便利な健忘症やのうて、取り返すべき財産や。財産やと思うたら、そう軽々には消せんようになる」
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## 其の十三 「トラック転生」
**「運送会社が異世界への入口になってる。」**
「――今どきの異世界は、玄関がトラックです。轢かれたら異世界。運送業界からしたら風評被害もええとこや。『当社は異世界への配送は承っておりません』て貼り紙せなあかん」
「俺は空から落ちた」とレオン。「で、一年後に『落ちたんじゃない、送られたんだ』と判明した(第69話)」
「そこや。転生・転移もんの入口が雑になるんはな、**入口を『儀式』としか思うとらんから**や。物語を始めるための切符。切符やから、なんでもええ。トラックでも階段でも神様の手違いでも。……うちは切符に**送り主と、伝票と、送料**を付けた。送り主はヴォルフ。伝票は三代がかりの計画。送料は、レオンの十二年分の魔力や。ほんで伝票が判明した瞬間、第1話の転移シーンが**まるごと伏線に化けた**。……入口はな、通ったあとで、もういっぺん振り返らせるもんや。『あの扉、誰が開けたんや?』と。それだけで、転移は事故やのうて、**事件**になる」
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## 其の十四 「ステータス画面」
**「個人情報保護法は異世界にないのか。」**
「――最近の異世界には、便利な板が浮かびます。名前、レベル、攻撃力、スキル一覧。他人の分まで見える。……あんた、それ、個人情報の塊でっせ。閲覧権限どこで取った。魔王のステータス覗くんは、informationの不正アクセスとちゃうんか」
氷雨が眼鏡を光らせた。「本作のステータス画面に相当するものは、**戸籍・住民票・在留資格**でした。そして本作は百話かけて、その『個人情報』の意味を書いた作品です」
「せや。数字の板はな、便利やけど、人間を**攻撃力で説明する世界**になってまう。うちは逆や。レオンの強さは書類に載らん。載ったんは『存在しない』いう一行や(第2話)。ほんで最終決戦で敵が消しに来たんも、その書類や(第92話)。……ステータスを出すなら、考えてみてほしいんや。**その世界で、板に載らんもんは何や?** 載らんもんが、そのキャラの本体や。うちの阿呆の本体は、攻撃力やのうて、『毎朝稽古を休まん』いう一行やった。その一行は、どのステータス画面にも、載らへん」
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## 其の十五 「ハーレム」
**「恋愛じゃなくて人口密度。」**
「――主人公の周りに、なぜか異性がぎょうさん集まってくる。全員が主人公を憎からず思うとる。……あれはもう恋愛やのうて、**人口密度**です。満員電車に名前つけたようなもんや」
「本作は最初から、恋愛そのものを外した構成でしたね」とあかり。
「せや。ここは、はっきり言うとこか」師匠は扇子を置いた。「うちの茶の間は賑やかや。警察官、弁護士、学者、勇者、元魔王、護衛、財閥令嬢、定食屋、高校生。……けどな、この人数が集まった理由は、好意やあらへん。**役割と、事件と、責任**や。美咲ちゃんは職務で来た。氷雨先生は依頼で来た。真琴ちゃんは辞令で来た。ほんで、気ぃついたら家族みたいになっとった。――ええか、人が人のそばに居続ける理由はな、恋愛だけやあらへんのや。**信頼で人を集めたら、人数が何人おっても、密度やのうて厚みになる**。うちはそれを百話かけて証明したつもりや。恋愛を書かんことは、人間関係を書かんことと、ちゃうんやで」
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## 其の十六 「主人公だけ鈍感」
**「IQだけ作者に没収されてる。」**
「――戦いでは天才、人の心には石ころ。都合の悪い機微だけ気付かん主人公。あれはもう性格やのうて、**没収**です。作者が机の引き出しにIQしもうとる」
「レオン様は、初日から全部気付いていました」と真琴。「私の監視任務も(第17話)。ガレスの視線の癖も(第22話)。師匠の強さも(第5話)」
「せや。うちはな、鈍感の逆を張った。**全部気付いた上で、どう受けるかを書いた**んや。監視に気付いて、『監視でいい。俺が暴走したら止めてくれ』(第17話)。……ええか、鈍感キャラが楽なんは、**気付いたら物語が進んでまうから**や。気付かせんことで話を止めとる。ほな逆にしてみい。気付いた人間が、気付いたなりに悩んで、選んで、動く。そっちの方が、よっぽど話は転がるんや。気付きは物語のブレーキやのうて、**アクセル**や」
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## 其の十七 「ツンデレ」
**「暴行罪を恋愛イベント扱いするな。」**
「――『べ、別にあんたのためじゃないんだからね!』言うて、鉄拳が飛ぶ。殴られた方が喜ぶ。……あのな、それ、**現行犯**です。好意の裏返しでも、裏返す前に一回、刑法を経由しとる」
「経由したら逮捕します」と美咲が即答した。
「せや、うちには本職がおるから、この手は最初から使えん(笑)。ほんでな、真面目な話をするとな。うちの美咲ちゃんも、口は険しい方や。『呼び捨てにしない』『始末書ね』。けどあの人の険しさはな、**職務と責任**から出とる。ツンの部分に、ちゃんと理由がある。ほんで軟らかい部分は、恋愛やのうて、**信頼**として書いた。『お店の人を守ったのは、偉かった』(第7話)。……ええか、ツンデレの原型はな、悪うない。**素直になれん人間の、素直になる瞬間**は、いつの時代も上等な見せ場や。ただし、ツンを暴力にすな。デレを恋愛に限定すな。そこを外したら、あとに残るんは『不器用な人間が、少しずつ心を開く』いう、王道中の王道や。うちはそれで百話持たせた」
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## 其の十八 「敵が逃がす」
**「毎回見逃すから毎回負ける。」**
「――『ふ……今日はこのくらいにしといたるわ』。悪役はよう見逃します。ほんで見逃した相手に、最終回で負ける。因果応報いうより、**業務怠慢**や」
「ヴォルフが私を生かした理由は、明確でしたね」とレオン。「**燃料タンクだったから**(第71話)」
「せや。敵が主人公を殺さん理由はな、物語の都合で一番嘘くさうなる場所や。せやから、**見逃しに利害を通せ**。うちの黒幕は、主人公が生きて、戦うて、感情が動くほど儲かる仕組みを作っとった。見逃すどころか、**育てとった**。ほんでもう一人、ガレスの逃がし方も見てみい。あの男は正面から戦わんと、罠と口封じで消えよる(第37話)。……敵はな、主人公に優しいから逃がすんやない。**自分の帳簿に忠実やから**逃がすんや。敵の帳簿を書け。そしたら見逃しは、怠慢やのうて、経営判断になる」
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## 其の十九 「四天王」
**「毎回四人なのは人事部の都合?」**
「――悪の組織には、なぜか必ず四人の幹部がおります。四天王。五人でも三人でもあかんのか。あれは魔界の人事部に『幹部は四名まで』いう定員規程でもあるんか」
「魔界の人事は私に聞け」とリリス。「答え:四人も幹部を持つと、四つの派閥ができる。私の代の将は多すぎて、九回の講和を九回潰された(第59話)」
「ほれ、現場の声や(笑)。うちの敵陣はな、黒幕一人、実務一人、傀儡一体。**たった三枚**で世界を詰みかけた。ええか、幹部の頭数はな、強さの単位やのうて、**秘密の漏れ口の数**や。四天王が四回負けてくれるんは、四回分の尺が欲しい作者の都合や。うちは尺を、幹部戦やのうて、**法廷と国会**に使うた。……敵の人数を決める時はな、『この計画、何人まで秘密を守れるか』で決めえ。人事部やのうて、**保安部**の発想や」
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## 其の二十 「魔王軍」
**「人材の補充が早すぎる。」**
「――魔王軍いうもんは、なんぼ倒しても湧いてくる。先週全滅したはずの部隊が今週も総攻撃。あの求人、どこに出とるんや。『急募・魔兵。週七日、昇給なし、死亡率高』。誰が応募するんや」
リリスの声が、すこし低くなった。「本作の答えは、笑えんぞ。補充が早い理由は――**民を人形にして補充していたから**だ(第76話)」
「……せや。ここは笑いを引っ込めて言うとこや」師匠は頷いた。「魔王軍の『無限湧き』はな、便利に使うたら、**命を数字にしてまう**。うちはその数字の中身を書いた。雪原で解放された三十七人、記憶を奪われた三年、『ここはどこだ』いう呻き。ほんで決着は殲滅やのうて、**解放**やった(第88話)。……敵の軍勢を書く時はな、一体でええ、**兜の下**を書け。兜の下に顔があると知れたら、読者はもう、無限湧きを気楽に眺められん。それでええ。戦争いうもんは、気楽に眺めたらあかんもんや」
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## 其の二十一 「レベルアップ」
**「昨日まで素人だったよな。」**
「――スライムを十匹倒したら、剣聖の技が使えるようになる。昨日まで鍬持っとった兄ちゃんが。……武道六十年のワシからしたら、あれが一番の魔法や。稽古の重み、どこ行った」
「俺の数値は上がってない」とレオン。「作中で覚えたのは『壊さない技術』と『魔力制御』の二つだけだ。あとは全部、来る前の十七年だ」
「せや。うちの成長曲線はな、**足し算やのうて、翻訳**やった。強さは最初から満タンや。ほんでその強さを、日本の文法に翻訳し直す。『そっと置く』(第12話)、正当防衛の範囲(第7話)、魔拳一体(第85話)。……ええか、レベル制のほんまの問題はな、数字が上がると**過去の苦労が無意味になる**ことや。レベル5の頃の死闘が、レベル50では散歩になる。うちは苦労を無意味にせんために、数字を捨てた。かわりに置いたんが、『あの頃学んだことが、今も効く』いう設計や。くしゃみの呼吸(第10話)は最終決戦(第84話)まで現役やった。……**成長とは、過去が積もることや。過去が霞むことやない**」
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## 其の二十二 「宝箱」
**「誰が補充してるんだ。」**
「――ダンジョンの奥に、律儀に宝箱が置いてあります。誰が置いた。誰が補充しとる。in配送業者がおるんか。ほんで罠付きの箱まである。あれはもう宝箱やのうて、**置き型の悪意**や」
「本作の『宝』の入手経路、全部説明できますよ」と氷雨。「町内会の謝礼(第4話)。特製スマホケースは観測契約の対価(第11話)。顧問料は……未払い」
「まだ言うか(笑)。せや、うちの宝には全部、**出所と対価**がある。ほんで一番の宝は、金品やのうて、契約や関係やった。理央ちゃんのケースは『観測させてくれ』いう取引の品や。……宝箱の正体はな、**労せず手に入る解決**のことや。それが空から降ってきたら、物語は痩せる。ほな宝は、**取引で手に入れさせえ**。対価を払うた宝は、もろた瞬間から物語の一部や。タダの宝は、もろた瞬間に忘れられる」
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## 其の二十三 「ダンジョン」
**「建築確認申請どこ通した?」**
「――地下百階、罠あり、魔物あり、最深部に宝あり。……あの構造物、誰が設計して、誰が施工したんや。建築確認は。消防法は。避難経路は。エレベーターなしの地下百階、労働基準監督署が黙っとらんで」
理央が吹き出した。「本作の『ダンジョン』、ちゃんと登記がありましたからね。廃駅・廃坑道・ビルの地下遺構。所有は白鳥系列、利用権の譲渡記録が捜査の突破口(第55話)」
「せや! うちはダンジョンをな、**不動産**として書いたんや(笑)。ほんでこれが馬鹿にでけへんのは、地下利用権の線からアンカーの配置が割れて、白鳥の帳簿に繋がって、黒幕の尻尾になった。……ええか、謎の構造物を出す時はな、一個だけ考えとき。**「これ、固定資産税は誰が払うとるんや?」**。冗談みたいな問いやけどな、その答えを持っとる作者の世界は、地に足がつく。持っとらん世界は、地下百階ごと宙に浮くんや」
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## 其の二十四 「宿屋で全回復」
**「医学を全否定。」**
「――瀕死の重傷でも、宿屋に一泊すれば全回復。一泊二食付き、傷も骨折も完治。……医者、廃業や。世界中の病院より宿の布団の方が上等いうことになる」
「うちの回復は現実準拠でした!」と陽菜。「お風呂と、ご飯と、睡眠! 負傷者百十七名は全員、ちゃんと病院に行きました(第61話)!」
「せや。うちは全回復を書かんかわりに、**飯と風呂の効能**を、ちゃんと書いた。銭湯外交(第26話)、避難所の味噌汁(第78話)、打ち上げの鍋(今夜)。……ええか、宿屋の全回復が奪うもんはな、実は体力やのうて、**「休む」いう場面**や。一泊で全部チャラになるなら、傷を庇う夜も、看病する仲間も、要らんようになる。うちの物語で一番効いた「回復」はな、ワシに言わせりゃ、家出した阿呆と囲炉裏で朝まで座っとった、あの夜や(第73話)。……**傷はな、治すもんやのうて、治るまで隣におるもん**や。それが書けたら、宿屋は一泊でええ」
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## 其の二十五 「教会で蘇生」
**「死が有料サービス。」**
「――お布施を払えば、死者が生き返る世界。……あれをやってもうたら、お客さん、**葬式が領収書**になります。悲しみに定価がついたら、物語から一番重たい銭が消えるんや」
茶の間が、静かになった。
「うちはな、蘇生を書かんかった。書かんと決めとった。『十二の朝』の死者六名は、六名のままや(第77話)。百四十二ヶ国の半旗も、六つの家族の涙も、取り消さんかった。……なんでか。うちの物語はな、**「取り返しのつくもん」と「つかんもん」の区別**が背骨やからや。書類は作り直せる。法律も作り直せる。信頼も、時間はかかるが作り直せる。せやけど、命だけは、あかん。その一線があるから、レオンの『壊さない稽古』に意味があるんや。命が蘇る世界やったら、そっと置く必要が、どこにある?」
師匠は、湯呑みを置き、扇子を、ぱちりと鳴らした。
「――と、しんみりしたところで第二席はお開き! 次の第三席は『恋愛・学園編』。……うちは恋愛なしの座組やさかい、短うなるかと思いきや、**書かんかった理由**を語り出すと、これが長いんですわ。ほな、休憩や。陽菜ちゃん、茶ぁのお代わり頼むで」
「はーい! 羊羹も切りますね!」




