第9話 「スマホと、バズという名の魔法」
日曜の朝、与太郎邸に台風が来た。
「おじいちゃーん! 遊びに来たよー! ……って、誰!? 庭に知らない人いる!」
台風の名は、星乃あかり。十六歳、高校二年生。与太郎さんの一番弟子の孫娘で、赤ん坊の頃からこの家に出入りしている、いわば「家族枠」の生き物らしい。与太郎さん曰く「孫みたいなもんや。騒がしいけどな」。
「レオン・アークライトだ。居候している」
「いそうろう!? おじいちゃん、ついに弟子取ったの!? しかも外国人!? てか、その人めっちゃ見たことある――」
あかりは光る板を高速で操作し、画面を突き出した。
「――ほらこれ! 『コロッケ買いに来た兄ちゃんが強すぎる』! 五十万再生! 本人!? 本人だ! うっそ、有名人じゃん!」
「ごじゅうまん……? 五十万人が、俺のコロッケ購入失敗を見たのか?」
「見たのはそこじゃないけどね!?」
――その日、あかりは俺に「スマホ」を教えると言い出した。
「現代日本で生きてくなら必須スキルだから! はい、まずおじいちゃんのお古から!」
結論。俺とスマホの相性は、最悪だった。
一台目。画面に触れた瞬間、ひび割れた。
「え!? 何もしてないのに!?」
「すまん。俺が持つと金属や精密なものは壊れやすい。剣も年間六百本折った」
「何それこわ!! ……あ、でも待って。工事現場用の頑丈なやつあるよ。防水・防塵・耐衝撃、象が踏んでも壊れないってやつ!」
二台目、通称「現場スマホ」は、生き延びた。象に勝ち、俺に耐えた。大した奴だ。
文字の打ち方を覚え、写真の撮り方を覚え、「ラーメン 新宿 うまい」で検索できるようになった俺は、この板が現代の魔導書であることを理解した。
「じゃ、記念に! レオンさんの稽古、撮ってあげる! おじいちゃんとの朝稽古、ちょっとだけね!」
軽い気持ちで、型を一つ打った。与太郎さんとの約束稽古の、ほんの一部を。
――翌朝。
「レオンさん!! 大変!! 起きて!!」
あかりが布団を剥がしに来た。現場スマホの画面には、昨日の動画。その下に、見慣れない数字。
『再生回数 1,204,566』
「百二十万!? 一晩で!? バズった! バズったよレオンさん!!」
「ばず? 魔物の名か?」
「違うけど当たらずも遠からずかも!!」
画面の中では、俺の正拳突きが繰り返し再生されていた。書き込みが滝のように流れていく。
『空気が歪んでない?』『合成でしょ』『コロッケの人じゃん!』『所属ジム教えて』『国の機関は今すぐこの人を保護しろ』
「テレビ局からも取材依頼来てる! どうしよ!?」
どうしよ、の結果は、その日の夕方に出た。緊急招集された「レオン対策会議」(於・与太郎邸の茶の間)である。
「取材は全部お断り!」と美咲。「身元不明のまま顔が売れるのは危険すぎるの!」
「いえ、待って」と氷雨。「……使えるわ、これ。『素性は不明だが、善良で、地域に溶け込んで生活している』という社会的実績。就籍審判で一番証明しにくいものが、勝手に記録されていってる。SNS、意外と法廷の味方よ」
「ほな、方針は決まりやな」と与太郎さん。「取材はNG、動画は消さん、あとは普段どおり。……兄ちゃん、有名税いうやつや。諦め」
こうして俺は、名も戸籍もないまま、顔だけ日本中に知られることになった。
――同じ夜。
都心の、あるビルの一室。
複数の画面に、俺の動画が映し出されていた。
「……解析班の見解は」
「合成ではありません。実在します」
「そうか」
スーツの男は、短く息を吐き、一枚の辞令を机に置いた。
「監視要員を一名、選定しろ。最優秀を」
(第9話・了)




