70話
「……問題無い。通れ」
早朝だからか、門兵の態度は良くなかった。
いいや、普段がおかしかっただけか。ルール家という貴族の皮を脱いだ瞬間に兵は俺達をただの市民だと思うのだろう。まぁ、何かするという訳では無いが……兵の指南役くらいは送っておいてやるか。街の治安を守る者がコレでは問題しか起こらないだろ。
影信は……まぁ、イライラしてそうだなぁ。
表に出しはしないけど、視線が兵士から離れていないのと少しだけ強ばっている。普段なら、もっと言えば誰と接していたとしても好々爺でしかないというのに……後で影信には注意しておかないといけないな。
「お爺ちゃん! 早く行こ!」
「……そうですな」
俺に視線を向けた時だけ表情が和らいだ。
離れれば恐らくは元の状態に戻るだろう。忠誠心や愛情を持ってくれるのは嬉しい限りだが、こういう時に融通が利かなくなるのは嫌だな。釘を刺しておかないと暴走しそうだし……他の事で釣るしかないか。それこそ、恥辱に耐えた褒美として一緒に酒を飲む権利とか、ね。
「お爺ちゃんはこの街に来た事があるの?」
「ええ、ありますよ。とはいえ、観光目的ではありませんでしたが……それでもガルードは良い場所です」
「ふーん、すごく楽しみ!」
……はぁ、本当に何をやっているのだろうか。
演技とはいえ、幼子の真似をするなんて恥ずかし過ぎて嫌になる。でも、こういう事をしておかないと変に勘繰られるからなぁ。それに着いて行く条件として影信から言われた部分でもあるし。お爺ちゃん呼びをするのであれば子供らしくする必要もあるって熱弁されてしまったよ。
「へー! ここが冒険者ギルドなんだ!」
「他の街と比べて大きいですからね。離れないでください」
「はーい!」
確かにルールよりも大きくて新築みたいだ。
裏を返せば……それだけ、ここら辺では魔物による被害が大きいって事か。もしくは他の大きな街の中心でもあるから傭兵代わりに多くいるとかも有り得るか。やっぱり、街によって特色が出てくるのは面白いな。
手に見せかけの杖を出して左手を影信と繋ぐ。
剣に生きていただろうに予想以上に柔らかい優しい手だ。とはいえ、そんな事を言える訳も無いけどさ。だって、それをすれば影として生きると決めた道を否定する事になる。主として、それは絶対に行ってはいけない事だ。
「おや、何の真似ですかな」
「悪ぃな。足が長ぇんだわ」
「そうでしたか」
本当にテンプレートな事で……。
わざわざ、横に出しておいて足が長いとか言い訳にならないだろ。ましてや、それをしようとした相手が俺とか……絶対にキレる一歩手前だな。さてさて、何もしなければ細切れにされかねないだろうから救ってやるか。
「お爺ちゃん、この人って悪い人?」
「いいえ、ただ頭が弱いだけですよ」
「な!」
「そっか! 可哀想な人なんだね! 可哀想!」
いきなり立ち上がって愚かだねぇ。
でも、悪いけど俺達の踏み台になってもらうよ。人を馬鹿にするという事は、され返されても文句は言えないって事だ。それで襲ってくるのであれば対処するだけ。こう見えて暗殺者って嫌という程に来ているんだよ。純粋にエルにボコされるから見えないだけで。
「ぶっ殺す!」
「んー、嫌だから止めるね!」
風魔法で吹き飛ばしただけ、初歩的な魔法だ。
この程度で、なんて、言ってしまうのは駄目なのだろう。手を抜いたというレベルでは済まない程の極弱い風だったというのに……白百合騎士団に入りたての騎士の方が余っ程、強いぞ。
「おいおい! 何やってるんだ!」
「ガキの魔法で飛ばされるなんてな!」
「うっせぇ! 絶対にぶち殺───!」
「ならば、死ぬ覚悟もありましょうな」
お、さすがに喉元に剣を当てられたら怯むか。
まぁ、あの速度で詰められたら誰だって黙ってしまうよなぁ。俺でも弾くのが精一杯だ。魔法とかで強化すればカウンター程度なら行えるかもしれないけど……って、そういう事では無いよな。
「お爺ちゃん!」
「……孫の前という事で、命までは赦すと致しましょう。ですが、次に似たような事をした時には容赦無く殺しますので、お気を付けて」
「もう、おイタは駄目だからね!」
「ヒッ……!」
おー、さすがに怖かったのか。緊張の糸が切れたようで跪いたまま黄色いお池を作り始めた。他に俺達に敵意を向けてくる者は……さすがにいないか。まぁ、今から余計に敵対してくる人間は減るだろうけど。
「お姉さん! 受付お願いします!」
「か、可愛い……ゴホン、ギルドカードの提出をお願いします」
「うん! どうぞ!」
「我が孫は本当に可愛いでしょう」
うん、後方腕組みお爺ちゃんは辞めてくれ。
それと受付の人も演技で騙されるなんて悲しいよ。変な男に引っかかっちゃうんじゃないか。見てくれはシンに似て綺麗だが中身はピザデブだし、過去には女を食い荒らしていたようなゴミだからな。
「ミカン君とイシンさん……え!? DランクとAランク!?」
「うん! お爺ちゃんは強強なんだよ!」
「ミカンも魔法の腕はかなりのものです。それこそ、アソコで気を失っている男を叩き潰す程度なら余裕で行える程です」
「そ、そうだったのですね……」
当たり前だが俺のは影信が作った偽のカードだ。
冒険者ギルドの決まり事として、ギルド登録を複数回行う事は禁止されている。最短記録等の上書きだったり、後は低ランクでの初心者狩りを狩る事で儲けた人もいたかららしい。でも、この決まり事には抜け道がある。
ギルドカードとは本人の魔力を通して表示する魔道具だ。一種のサーバーのような物が冒険者ギルドにはあって、そこを通してギルドカードは本人の証明を行う。ただ、それは登録期間に大きな空白が無ければ、に限られる。
影信の場合は三十年近く、過去の冒険者のギルドカードには触っていないと言っていたし、十年程前にギルドカードの刷新もあったと聞いている。そういった部分から新しく作れはしたが……にしたって、一月程でAランクまで持って行っているところはバグでしかない。
して、俺の方はというと……簡単な話だ。
ミカンとしてのギルドカードは俺が黒魔法で濁らせた魔力を流す事で表示されるものだからね。本物のカードに関しては普通に魔力を流せばいいだけだから問題は無い。……ただ、ランクに関しては少しだけ大変だったな。少ない休みの中でルールから離れた街の高ランク依頼を行う日々、認定試験は影信がいたから出来たけど……はぁ……。
「お姉さんの名前は何て言うの!」
「あ、私はディリンよ……あ、です」
「ディリン……すごくいい名前だね!」
一先ず、マイナスな事を考えるのはやめよう。
目の前の受付嬢を適当にナンパしておく。当たり前だけど別に手元に起きたい訳ではない。本当に一線を超えでもしたらエルとリリーに半殺しを二回受ける事になる。つまりは全殺しだ。特にエルからは許す女性を先に決められている時点で新しく作るには……おー、怖い怖い。
「ディリンさん、お願い事をしたい、です!」
「ええ……何かしら」
「んーと、Bランクの依頼を三つくらい、明日までに見繕っておいて欲しいんです。お爺ちゃんは強強だから僕だと足手まといかもだけど」
「共にいる事に意味があるのです。ましてや、格上と戦える機会は作っておいて損はありません。可愛い子には旅をさせよ、とは異世界の言葉らしいですが間違いありませんね。ですが」
おーっと……影信が俺の自慢を始めてしまった。
こうなると長いぞー……なにせ、影信はエルとリリー、マリアと一緒に八時間くらい通しで俺の話をしていたくらいの存在だ。タイムリミットの残り二時間の中で報奨金クラスの依頼を八つも熟している時点で相当だけど。
「お爺ちゃん! 恥ずかしいからやめて!」
「……ええ、そうですね」
「そんなにも凄い方……ああ、可愛らしい」
あ、やっべ……この子もそうなのか。
この目になった人間は嫌という程に見てきた。というか、俺が救ってやった人達は大概が似たような視線を向けてくる。この前の旅館だってイリアスとマールがいるから隠していただけだ。リリーだけなら談義が始まるのが目に見えているから面倒なんだよなぁ。
特に金銭面で求めてもいない金額を納めてくるのは本気でやめて欲しいくらいだ。確かに俺の力を行使する手前、金の重要性は説いたが殆どを捧げて欲しいとは思っていない。その分を皆に還元するのが面倒なのは誰にも愚痴れないんだよなぁ。
「お姉さん! お願い!」
「ええ! この私にお任せ下さい!」
でも、使える者は出来る限り使わないと、ね。
最悪は……まぁ、皆と一緒に暮らしてもらえばいいか。色々と考えてみたけど特性が似ているのなら今よりは幸せになれるかもしれない。俺のために生きて、死ねるような世界なんだからな。功績をあげれば俺から褒美も与えられるのだから普通に生きるよりは幸福でいられるだろう。
「お爺ちゃん、行こう。ここは少しだけ」
「はい……この場にいる人達は愚かですね」
「問題無い……じゃあ、行こっか!」
もう、敵対意識を向けた人達には罪を与えた。
黒魔法の応用だ……少しでも発動者へ危害を加えようとした瞬間に発動する魔法。色々と組み合わせたせいで掛け合わせは忘れたが前から練り上げていたオリジナルの魔法だ。名前は……要らないか。だって、コイツらはどうせ、生きているか死んでいるのかすら分からない者達なんだからな。
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